cocoせせらぎホームページ 2022・1・20
ホームページを見てくださっている皆さま 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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cocoせせらぎでは なるべく介護や医療のお世話にならず「自立と共生」の生活をしていくことを目指していますが ときどきそのための勉強会を行っています。昨年11月8日にお聞きした佐々木先生の講演会の様子をお伝えしたいと思います。
佐々木 炎先生 講演 「共生とは?」
サクラの木の紅い葉がせせらぎ遊歩道にさかんに散る秋の午後 入居者をはじめ 理事長 運営委員 ライフサポーター スタッフさんなど17、8名がサロンに集まり 佐々木炎先生の「共生」についてのお話をうかがいました。
cocoせせらぎはこれまで8年間 ”自立と共生”の理念をかかげてきましたが 改めて「自立と共生ってどんな生活?」となると なかなかむずかしい・・・ そこで介護事業所ホッとスペースで所長として長く「共生」を実践しておられる佐々木先生のお話を ということになりました。先生は介護・福祉についてあちこちで教えておられ またキリスト教会の牧師さんでもあります。
先生は「以前 うちの家内もここで介護の話をしたそうですが 実は私にとって家内はオッカナイなんです」と笑わせながら 『共に生きる共同体を目指して』というまじめなテーマの話をしてくださいました。話を進めるにあたり 私たちにわかりやすいように話の柱を立て 文字も大きくわかりやすい13頁にわたる資料を持参してくださいました。
「みなさんお若い?けど 老人向けの自立共生型シェアホームで元気な暮らしをめざしていますねー」とお話がはじまりました。
まず人間の尊厳は 体がどのような状態になっても残り それは自立によってなりたっています。自立とはなんでも自分でするということですか? そうではありません。自分だけの力では生活できなくなった時 それ以前にどれだけ自分を助けてくれる仲間や友人や依存先を作っておくか? その必要性について話されました。また介護援助をはじめ 公共サービス 福祉用具なども積極的に活用して 依存先を増やしておくことが自立にとって大切です。 いよいよ本題の話です。
共生 共に生きる仲間とは どのような仲間か?
生活のすべてを知っている相手には弱みを見せたくない。笑顔であいさつをかわす程度「おはよう」「お疲れさま」「お先に」「ありがとう」「元気?」この言葉をかわす程度の関係が 体調の変化もかるく話しあえる。この関係が上手に作られていれば 大きな助けも求めやすくなります。そういう人たちとの接触回数を増やすことが大切です。
徳島県海部町は全国で一番自殺率が少ない町だが 立ち話・あいさつ程度のつながりの人が多く 強い絆で縛られているわけではないそうです。
「うまくいっている共同体というのは とくに仲良しでなくてもいい 笑顔であいさつを交わしている。そして失敗したときでも「おたがいさま」と許しあえる。なにか起こったら助けあう。否定的な面でなく良い点をおたがい口に出して認める・相槌を打ちながら話をする・ねぎらう・聞くときは感嘆詞で応じる・・・などのポジティブな態度であらわしている。
私たちがいなくなったあと 与えた(お金などの)物ではなく 優しさとか思いやり それだけが人に残る」と話を結ばれました。 わかりやすい言葉で 快活な声で話してくださったあと 私たちも気分が解放されて 意見や質問が どんどん出てきました。
「うまく共生していくために ”仲よく” でなくていい あいさつ程度でいい ということに とてもホッとした。」
「自分はおしゃべりが苦手で 人と長く立ち話などできない性格。せせらぎに長くいるが 明るい笑顔であいさつする というようなことができなかったかもしれない。」
「自立ということを 今まで誤解していたかもしれない。うまく依存してこそ自立ができるということを 今日はじめてうかがった。」
「自分はとても共同体意識のつよい筑豊という所で生まれ育ち それが当たり前と思っていたが 都会に出てきて働き 結婚し この地域で暮らしてきた。人の役に立つことができないかと思っていたところ グループリビングのことを知り この土地を提供した。今後のことで 入居者のみなさんお墓はどうするのかな・・・と思いめぐらすことがある。」
「あいさつ程度の関係がうまくいくということに関して 孤人主義でなく”節度ある個人主義” ということにとても共感する。」
「自分はふだんは明るくと思って振舞っているが 根暗なところがある。京都から遠い関東にやってきて うまく共生していけるか不安に思うことがある。また認知が進んだりした場合に cocoせせらぎからどこに行けばいいか不安に思っている。この周辺でグループホームなど見学に行きたいが 紹介してもらえるだろうか。」などなど。
それぞれいろんなことを考えながら とてもいい一時間半を過ごすことができました。cocoせせらぎがいい共生の場となるためのヒントを たくさん聞かせていただきました。 佐々木 炎 先生 ありがとうございました。 (前+土)
今年も新年記念写真はマスクが並びました。オミクロンがいなくなることを願いながら・・・ 通りかかった方にシャッターをお願いしたら、タイミング悪く お二人が前の方の陰にかくれてしまいました 失敗!!
「共生」ーー生きることを共にする
私の住まい、COCOせせらぎでは、「自立と共生」をくらしの基盤としています。
「共生」の読み方は、「共に生きる」が最も普通の読み方だと思いますが、「生きることを共にする」と言う読み方を最近知りました。「生きること」という言い方は、ヒトの常住座臥を想い起こすので、具体的な場面が目に浮かびます。
例えば、食べることを共にする、即ち「共食」です。これは、共生の大事な一場面です。共食は、今風に言えば「会食」でもいいでしょう。生存の根源である摂食ですので、ひとりで食事する孤食は、ただ食べるだけで、旨い不味いだけのこと。共食であれば、同じ場所で同じ時間に同じ食べ物の味覚・嗅覚・触覚を共有すると同時に、食卓の空間を充たす雰囲気も共有することになります。
共食以外にも、連れ立って劇場や展示会に行く、名所旧跡を訪れる、スポーツを観戦する、観劇し、音楽を楽しむ等ヒトが同じシーンで五感を働かせることを共にするという共生の場もあります。
こうした共生する人たちの間には、共感が生まれるわけです。つまり意見や感情を他人と共有することになります。だからと言って同じ意見・感情を持つとは限らないけれども、共生の中では、他人の意見や感情を理解しようと努める意識が働くと言えるでしょう。
この共生を支えるのが自立です。「からだの自立」は自明ながら、敢えて例えれば歩行困難でも杖や電動式車椅子を使えば、健常者と同じく移動できるので、自立と言えます。失明していても適切に支援者の援助を受けて自立している人もいます。他方「こころの自立」は,「自律」と同じです。自分の置かれた状況を観察し、判断し、決断することです。
自分の意思でグループリビングに移り住んで来た十人程度の高齢者の小規模集住ならば、住人同士の日常の接触は過度に濃厚にならず、挨拶を交わし、会話する適度な付き合いができます。ひとり暮らしのように全く気儘に自分勝手はできませんが、周囲に対するほんの少しの緊張感を保ってくらすので、グループリビングは自律と共生を実現できるところです。 (池谷 滿 アビーフィールド協会 会報から転載させていただきました。)
新年早々 せせらぎ遊歩道に雪が降り 白黒の幻想的な風景に。