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cocoせせらぎに暮らして    2021・9・3

cocoせせらぎに暮らして                  2021・9・3

写経をはじめました

5月からcocoせせらぎのサロンに 週日午前10時~午後3時まで若いライフサポーターさんが座ってくださることになりました。45歳! ふだん私たちとはあまりおつきあいのない若い世代の女性が 毎日サロンにいてくださる! 事務を取りながら いろいろ細かい要望や相談事に対処!というのは なんという幸運 なんとありがたいことかと 一同感謝の日々なのですが そのうえ写経を教えてくださることになったのです。

サロンで何の話からか「私ね 写経をやってるんです」という彼女の一言を聞いてしまったのです。 写経。。 うーん 今まで経験がないけど 墨をすって筆を取って 心静かに書く・・・ なんかとてもいい感じ。

そう思ったら即 実行の私 「ねー 写経っていうの 教えてもらえない?」と聞いてみました。 「私も習っているだけなので 教えるというより一緒にやるという感じなら いいですよ」とすぐに彼女は言ってくれました。「まず一回やってみましょう」とさっそく日を決め お知らせポスターを貼り 人数を募ると 6人参加とのこと。

写経教室当日 コロナ対策で 横長のテーブルの端と端に椅子をはなして置き 三台のテーブルを先生に向かって三列。寺子屋のように6人が並びました。先生が「般若心経」の見本と練習用の紙を用意してくださり 私たちはそれぞれ部屋のあちこちからかき集めた筆やら筆ペンやら硯 墨 墨汁 紙などを持ちよって 椅子に座りました。先生の説明がはじまった途端 とても懐かしい空気が漂いました。” なんかよくわからないけど 先生の言うとおりに “という小学校のお習字の時間の空気。一応の説明を聞いて 一人ひとり筆に集中しはじめました。「般若心経を唱えることができる」と言っていた男性の I さんが 高僧の唱える般若心経のCDをかけてくれ 荘厳なBGMの中でみんな無言で一字一字書き進めていきました。どんどんアジのある自分の字で書き進める人 なるべく見本のとおりにと慎重な人 それぞれの一時間が過ぎて フッと息を抜いたら なんと目も肩も腕も腰もぱんぱんでした。

「今日やってみて又やりたいなと思う方がいたら 次回もやりましょうか」と先生が声をかけてくださり 月に一回 希望者ももう一人増えて 写経教室は続けることになりました。教室大繁盛! 7人になったらどのようにテーブルを並べようか 頭をひねらなきゃ・・・

夕食後 今日はたのしかった~という話を皆でしていたら 誰かが「そうだ 私お葬式は I さんに般若心経を唱えてもらおうかな」「いいね~ 私も頼もうっと」「私もね」と希望者続出。皿を洗いながら聞いていた I さん。「じゃあ 俺はどうすりゃいいの」「一番最後ってことね」・・・わっはっは         (R)

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cocoせせらぎは「コモン」?

資本論と聞くと引く人がいるかも・・・ でも昨年9月に出版され あっという間に30万部! 新書大賞もとり とくに若者のあいだでベストセラーになっていると評判の『人新生の「資本論」』を読みました。                                     経済の本を読むなんて たぶん私の人生ではじめてのできごと。でも大阪市大の若~い(34歳)先生の熱気に引きずられて一気に読めました。斎藤幸平先生は zoom で拝見したら ピンクのワイシャツの似合うなかなかハンサムな方 手ぶりをいれながら「地球環境の危機にあって 生き残るために何をなすべきか」を熱心のあまり早口になりながらの講義。その合間にちゃっかりピアニストの奥さんのことを自慢したりするお茶目な方でした。

彼の心配ごとは 世界中を襲う大洪水・山火事・熱波・氷河溶解・海面上昇など二酸化炭素排出による地球危機を 手遅れにならないうちに止める方法はなにか・・・という ひとりで頭を悩ませるにはあまりに大きな大きな悩み。経済学・哲学・社会思想をドイツで学び カール・マルクス晩年までの原典をひもといて この大きな問題にとりくんだ結果(彼の論文はドイツの権威ある賞ドイッツアー賞を31歳という歴代一位の若さで受賞 もちろん日本人としてはじめて)若い頭脳の中からまっすぐに取り出されてきたのが・・・

「すべてを儲けのタネにして 地球資源を掘りつくし 土壌を壊し 海と大気を汚し 途上国の資源と労働力を安くかすめとり 危機にさえ便乗して(例えば山火事→火災保険というように)成長を止めない資本主義が元凶だ!」

という そう言われればそうだよねと 思わず納得してしまう答えでした。そして それに対する斎藤先生の処方箋は・・・

「コモン(市民が共有・管理するべき社会の富。たとえば空気・水・太陽光・土・電力・住居・医療・保育・教育・介護・郵便・電波・交通などなど)を公共財として 自分たちで民主的に管理すること。これらを儲けのタネにしないで 社会的共通資産として 専門家任せでなく市民が民主的に共同管理して(話し合いに時間はかかるけど)コモンの領域をどんどん拡げていくこと。

生産の場でも 途上国の労働力を安価に掠めとるのでなく 働く人がみずから出資し みずから経営し労働する共同管理の生産方法をとる。そうすると生きていくうえで必要のないものを生産するクソくだらない仕事(bullshit job たとえば宣伝広告・マーケティング・金融・保険など)はやめるようになり 生きるに必須のエッセンシャル・ワーク(食品・教育・医療・介護・交通・通信など)だけが残る。生産は減速し脱成長へー→資源の浪費は減り 地球危機から免れる。私たちは生活様式をあらためる。」

経済を右肩上がりの成長でなく 右肩下がりにペースダウンすることで この燃え盛り氷の溶けていく地球をクールダウンさせる という私なりの理解ですが・・・頭の中をスーッと涼しい風が吹きぬけたような気がしました。そして フッとcocoせせらぎのことが頭をよぎったのです このコモンという概念の中にcocoせせらぎも入るのでは?

子どもには教育というコモンが必須なように 老人にも介護・医療・住居というコモンが必須ではないか。一生働いてきたのにあまりお金に縁のない人も 安心して自分らしく最後の日々を送れる所が必要だということを考えたとき cocoせせらぎは

「この場所を儲けのタネにしない。利潤を目的としないから成長もしない。一人ひとり自立して 運営は民主的にみんなで話し合って決めていく。困ったときにはお互い助けあう相互扶助の精神。まさに斎藤教室優等生のような これぞコモンではないか!」と。

そう思いついた私は おもわずひとりで盛りあがりました。これまで8年 理念をもってここを一生懸命運営してくださった運営委員に感謝! そしてこれからもcocoせせらぎがこの体制をもちこたえますように と願いました。

「SDGsでは もはや追いつかない」と斎藤先生が言われる地球危機に対しては 私たち高齢者はおおいに責任があるのに無力だなぁ と思わずにいられないのですが 子ども・孫・ひ孫の世代が地球上に生きのびるために 私たちも生活様式を考え直し できるだけのことをしなければ。

・要らない物は買わない                                ・

・ファストフードやファストファッションには手を出さない

・必要以上の水や電力を使わない

・紙を無駄にしない

・プラスチック ビニール類はなるべく少量に

・プラごみが海に流れつかないように 拾って歩く。

そして「コモン」であるcocoせせらぎを守っていく、、、、、老人もがんばります! (R)

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ベランダの秋ナス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

cocoせせらぎに暮らして      2021・8・8

cocoせせらぎに暮らして

ある犬の老後                  2021・7・17

ノア20210628 005 今日は特別の体験をしました。勉強会のために月に一度訪れていたギャラリー コロナ下で毎月集うことができなくなって みんな集まったのは久しぶりのことでした。

ギャラリーの女性オーナーがお茶を入れてくださりながら「ちょっと 犬 連れてきてもいい?」と言われました。イヌ・・・?  なんのことかわからない私たちはキョトンとしていたのですが まもなくオーナーのうしろから大きな犬が現れたのです。

ふつう犬はお客さんと見ると 跳びまわったり 舐めたり 撫でてもらおうと体をすりつけてきたり 吠えたりじゃれたり いそがしいことこの上ないのですが・・・現れた白? ベージュ? のラブラドールレトリバー その姿はふつうの犬の騒がしい様子とは全くといっていいほどちがって オーラを感じさせる静かさ。私たちはこの気品のある犬の登場に一瞬圧倒されて 気安く撫でてはいけないように感じたのです。

「この子はね 盲導犬だったの。10歳になって引退してウチで預かることに。。」との言葉に ア~ そうなんだ~ と一同 納得しました。

生後1年間パピーウォーカーに愛情いっぱい育てられ その後の厳しい訓練を2年ほど 適性のある犬だけがやっと盲導犬になり 目の不自由なパートナーの生活・仕事を誘導し 時にはパートナーの命を体を張って守る生活7~8年。もし飛行機に乗ったとしても トイレにも行かずパートナーの側に10何時間でもじっと座って動かないという盲導犬。今 年をとって引退して こうしてボランティアの家庭にひきとられ 老後を過ごしているというわけです。

オーナーによると 散歩中も電柱があればご主人を守って間に立つし 穴ぼこやマンホールがあれば必ず回りこんで誘導 ほかの犬と出会っても吠えたり 噛んだり じゃれたりなど決してしないとのこと。人間なら75歳だというおじいさん犬 優しい目をして静かに床に横たわっているのを見ていると 引退しても普通の犬に戻れないのが盲導犬なんだなぁと 尊敬のような気持ちと 犬本来の遊ぶ生活ができたらなぁという感じも・・・

私たちは生きて行くために 給料をもらうために 職業人としてたくさんのことを身につけなければなりませんでした。技術的な訓練を受け その職業なりの倫理観を身につけ 集団になじみ ときには言いたいことも我慢して。鎧でガードした自分を自分でないように感じることもありました。cocoせせらぎの10人はみなそのような職業人でした。でも引退した今 幸せなことに仕事のなかで身につけたものをサラリとを脱ぎすてて ふつうの人 なんでもない人として自由に生きています。

ところが盲導犬だった”彼”はいつまでも身につけた鎧を脱ぎ捨てることができずに 高僧のように尊厳 誇りもそのままに老後を送っています。ときには吠えたりじゃれたりしてもいいのに・・・

暑い日で ひんやりした床に体を横たえる”彼”のそばに行って 思い切って撫でてみました。「えらかったね~ 疲れたでしょう」「いい子だね 頑張ったね」とみんな口々に褒めると 人間の言葉をずいぶん理解できるらしく 大きな尻尾をバタンバタンと床に鳴らして喜びました。(R)

 

IMG_0002 朝からあまりに暑くて食欲がでません 近所の農家さんの採りたてトマトの皮をむいて塩をかけ キュウリは味噌をつけて丸かじり オクラはマヨネーズで。                 手作りフォッカッチャといっしょに豪華(^^)v?な朝食!

 

   I さんの思い出                       2021・8・1

慶應大学 SFC 研究所のお二人がグループリビングという暮らし方の研究のためにインタビューにこられた時 居住者同士のケアについて私は I さんとの生活をかいつまんで話しました。「それはとても貴重な体験ですね。他では経験できないことだと思います」と二度も言われたことで それまで特別なこととは思っていなかった私は ちょっと意外で・・・でも認知症を理解していくためには大切なことだったのかもしれない だったら今のうちに思い出すことを記録しておこう という気持ちになりました。

I さんは2015年にせせらぎに入居し 2019年2月に退去。3年数ヶ月ここで暮らしたことになります。最初は認知症専門のグループホームに入る予定だったのが その施設の方が  I さんならまだ十分cocoせせらぎで過ごせるのではないかと紹介されて ここに引っ越してきたということでした。

私は2016年に入居したので I さんとのおつきあいは2年数ヶ月。私が入った頃 I さんはもうここでの生活にだいぶ慣れて 一人で昼食を買いに出かけたり 月に一度は文学の会に参加するのだと言って いそいそと出かけて行かれてました。でもここでの生活で親しい方はいないようで 聞かれなければなにもしゃべらず そーっと出かけ そーっと帰ってくる・・・最初私は失礼ながら「幽霊みたいな方」と思っていました。

でも夕食時にお会いすると健啖家で よく食べよく飲み 私より7、8才年上なのにずっと元気で シワひとつないお肌はつるつるでした。私は思いきって話しかけてみました。

「小説を書いてらっしゃるって伺ったんですけど どんな小説ですか」「うーん いろんなのよ」「どういうところに発表してらっしゃるんですか」「横浜に本部のある同人誌」「読ませてもらえますか」・・・ということで見せてくださったのが 教員をしている時の自閉症の生徒さんとの交流 自分の病気とそのことで破談になった彼のこと シベリアに抑留される途中に中国で亡くなった叔父さんのこと・・・三つの短編でした。自分の歩んできた道を正直に 誇りをもって書いておられ I さんは誠実で芯のある方だということがよくわかる短編。偶然にも同じ屋根の下で暮らすことになった I さんに尊敬の気持ちがめばえ 少しずつ I さんとのおつきあいがはじまりました。

軽い認知症とは聞いていたのですが 知識のなかった私には I さんが無口なのは「また小説の一節でも考えてるのか」くらいにしか思いおよばず 話しかければゆっくりした口調で一生懸命答えようとするし・・・認知症なんてそっちのけで暮らしていました。               一日置きに大風呂にいっしょに入りました。「今日はカフェにきた子どもたちが可愛かったねー」「昔は子育てしながらの仕事で ほんとに大変だった。自転車に二人の子を乗せて 別々の保育園に送り迎えしなければならなかった」とか 誕生日の夜には「あー、もう84才だって! あなたは若いけど(ちっとも若くない!)年取るってたいへんよ」 風呂の中で I さんはなかなか雄弁でした。政治の話にも興味がありました。

体を動かすことも好きで 体操に参加したときには体がしっかり動くし「卓球しない?」と誘いに行くと「卓球ね!」とニコッとうれしそうに出てきました。高校の頃に先輩が教えてくれたそうで とても上手。強い球を打てるのに けして私に対してスマッシュで打ち返すことをしない気遣いの人でした。                                     夕食後には二人でよく せせらぎ遊歩道の散歩に出ました。川風が気持ちよく 足の丈夫な I さんはけっこうな距離でもよく歩き 遊歩道半ばに設置されてある大型スベリ台まで行きました。夕闇の頃 遊んでいた子どもたちも家に帰って 誰も見ていないのを確かめると2メートル半くらいの高さまで太いロープを伝ってよじ登ると キャーっと言いながら幅広のステンレスの斜面を滑りおり「これがホントのお転婆ー!」と二人で大笑い。ときには一番上に二人で陣どって 月をながめながら童謡を歌いました。

「若いころ歌った歌をうたいたいわ」と I さんが言うので 読みやすい大きな字で歌詞集を作り 夕食後にほかの方もさそって歌いました。童謡・唱歌・歌曲・フォークソング・流行した歌など I さんはよく覚えていました。十八番は「四季のうた」 長く盲学校の教師をしていた I さんは みんなにこの歌の手話を教えてくれました。

cocoせせらぎで月に一回開いていたカフェには 高齢者ばかりでなく幼児連れの若いお母さんもよく来ていたのですが 子どもたちに絵本を読んであげたり 赤ちゃんをあやしたり 小さい子どもたちのペースに合わせておもちゃで遊んだり・・・さすが盲学校幼児部の先生 自分も楽しみながら2時間フル活動でした。

「お昼にスパゲッティを作ったから一緒に食べる?」と誘うとうれしそうにやって来て「おいしいわ~」と言って食べる日もあったりして おつき合いして一年もたつと おたがいの部屋を行き来することも多くなっていきました。ところがある昼時に 私の部屋にとても困った顔でやって来て「昼に食べるものがないの お金がないので買いにいけないの」と言ったことがあり はじめてあれっ? お金の管理が・・・なんかおかしいな と思いました。

介護認定をもらっていて 週一で生活支援のヘルパーさんに掃除と買い物をお願いしていましたが デイサービスもすすめられて行ったところ どうも合わなかったらしく「もう行かない」の一点張りでした。行きたくないのに無理して行かなくてもいいんじゃない と私も思ったのですが この時少しずつでも介護の範囲を増やすことを勧めていれば 後の対応もちがっていたのかもしれないと・・・ それは 今になって思うことです。

お会いして2年くらいたったでしょうか I さんは楽しみにしていた文学の会にも行けなくなってきました。                                        同じころ I さんの隣の部屋の方が「ベランダで1ヶ月も洗濯物を見てないけど 洗濯してるのかしらね」と言われ そういえば同じブラウスを何日も着ていることがあるな と気づきました。 I さんの部屋に行ったとき 洗濯カゴを見ると空っぽでした。「 I さん 洗濯する?」「うーん いいの」 洗濯場に行くのをとても怖がっていました。人と会うのがイヤだったようです。「一緒に行こうよ」とちょっと無理にさそってみると 意外にもあっさり「うん」と言って洗濯物をまとめました。それからはよく一緒に洗濯場へ。干したり取り込んだりたたんだりは普通にできましたが それをタンスにしまった時びっくりしました。上着 下着 夏物 冬物がすべて一緒くたで 適当にあいた所につっこんでいたのです。着たいものを探すためか 中はぐちゃぐちゃになっていました。認知症というのは こういうことがだんだんできなくなるんだ と認識しました。セーターなどの冬物は袋に入れて別の所にしまい タンスの引き出し一つ一つに下着・ズボン・ブラウスなどとラベルをつけて分類してしまえるようにしました。

せせらぎでの最後の2ヶ月 夕食に出てこないため 次第に呼びにいく回数が増えていきました。携帯電話の目覚ましをセットして食事時間を知らせるようにしてみたのですが うまくいきません。壁にかけてある薬カレンダーの曜日ごとのポケットに薬がちゃんと入っていなかったり 逆に昨日のポケットに薬が残っていたり・・・薬の管理ができなくなってきました。        薬をきちんと飲まないためか 眠る時間が昼夜逆転して 昼間に部屋を覗くとベッドでしっかり眠っていたり 夜よく眠れなくて「変な夢を見たの こわい」と言ったり・・・

だんだん生活が難しくなって ライフサポーターさんが介護の見直しを考え 介護事業所と家族の方との話し合いをセットしました。私も参加するようにと言われ 話し合いを聞いていました。「週二回のデイケアと週三回のヘルパー生活支援」という介護プランを説明するケアマネージャーさんの話をじーっと聞いていた I さんが とても真剣なこわい顔で「どうして私がこんなこと必要なんですか? 私はこれから勉強会をするので忙しくて そんな時間ありません」と強い口調で言いました。                                       話し合いの後 ご家族やライフサポーターさんが「せせらぎにいるためには 介護のヘルプを増やすことがどうしても必要だ」と I さんを一生懸命説得したようです。

 I さんのプライドがだんだん傷ついてきました。自分のどこが悪くてみんなは介護を増やそうとしているのかと 一人で必死で考えたようです。「自分は認知症ではない 障害者でもない 老害者だ」と言いはじめました。小説を書くくらい言葉にこだわっていた I さん 老いたことで人に迷惑をかけていると思い それを「老害」という言葉であらわそうとしたようです。そして「老害」と大きく書いた紙を持って私の部屋に来て「私の老害のせいであなたにも迷惑をかけてしまった」と言います。一度言ったことをすぐに忘れるのか 何度も何度も私の部屋をノックして また電話をかけてきて 同じことを言いつづけました。外出中には私の部屋の前で 老害についてずっと喋っていたそうです。今までの姿とちがい  I さんが別の世界に行ってしまった人のように思われて なんか怖くなった私は部屋の灯りを消してドアをロックしてしまいました。今思うとほんとに申し訳なかったです。

その後パニックのような状態になり ご家族も来て救急車を呼んだのですが 強い力で拒否し 2度も救急車に帰ってもらいました。最後はご家族が力づくでタクシーに乗せ 緊急入院しました。その後 I さんとは会っていません。退院されたあと グループホームで落ちついて過ごしていると聞いています。

なるべく長くcocoせせらぎで過ごしたいと言っていた I さんだったのに 認知症の進行を認識できないまま 私はぼーっと I さんと過ごしてしまいました。                  認知症に関して知る 病気の進行にともなった対応を知る プロの介護に任せることと身近な人がヘルプできること グループリビングの居住者同士のケアについて などなど学んだことは多かったし もう少しいい対応ができなかったかと悔やむことも多かったのです。 I さんのことがあってから 認知症についてcocoせせらぎ全体で考えていかなければならないと みな思うようになりました。

昨年 川崎市の助成があって「認知症を学ぶ」という講演会を企画しました。         そこで 高齢になればだれでも認知機能が老化すること 知識と思いやりがあればこういう所でも一日でも長く暮らせるのではないかということも学び 限界はあるけどせせらぎもそういう所を目指したいね と話しあいました。

もし I さんにちゃんと対応できていたら と想像することがあります  I さんは今もせせらぎで よく食べしっかり運動して過ごせていたかな・・・    (R)

 

cocoせせらぎに暮らして   2021・7・7

cocoせせらぎに暮らして               2021・7・7

IMG_0006                           せせらぎアジサイの小径

無・財・七・施? 

6月のホームページに「笑顔」のことを書いていて ふと思い出した言葉がありました・・・それは「和顔施」。「笑顔で人に接すると それだけでいいことをしたことになるんだよ」と 今から15年ほども前に 韓国の若い友人が教えてくれた言葉です。

博士号を取るために日本に留学で来ていたその女性は日本語ペラペラで いつもユーモアたっぷりに私にたくさんのことを教えてくれたのですが なにかの折に「和顔施というのは『無財七施』のうちの一つでねー」と話しはじめました。「え? 無罪?」「ちがうちがう! 無財だよ」。 忘れないうちに と私は急いで項目だけ手帳に書きとめました。ずいぶん前に聞いた話なので深い内容は忘れてしまいましたが メモを片手に思い出してみました。

「無財七施」とは読んで字のとおり お金がなくても人にしてあげることのできる七つのこと。                                    一、慈眼施 やさしいまなざし。                         なにか失敗をしたときでも 厳しい目つきでなく そんなこともあるよね~とあたたかく見守られたら よし、今度こそがんばってみよう と思えます。

二、和顔施 おだやかな顔 笑顔。                        周りがなごやかな雰囲気になります。笑顔の人からはガン細胞も逃げていくそうです。

三、愛語施 やさしい言葉。                           同じことを言うにも きびしいトゲのある口調と やさしい口調では受けとり方が まったくちがいます。

四、身施  身で人のためにできること。                     困っている人にお金で解決してあげることができないときも 話を聞いて抱きしめてあげることはできるかもしれない。

五、心施  善意のまごころ。                          ウソいつわりのない気持ちで人に接し「ありがとう」「すみません」などの言葉を素直に言えれば 相手の心にまっすぐ届きます。

六、床座施 座をゆずる。                            譲れることと譲れないことがあるけど 座や席くらいなら譲れるかも。

七、房舎施 家内の部屋を提供する。                       日が暮れ 今夜体を休めるところもないというピンチのときに軒を貸してくれる人がいたら 地獄で仏に会った心もちでしょうか。

「施」というのは 人が人にしてあげられる行為 ボランティア的な行動と言えるかもしれません。こういうことが「偽善者っぽい・・・」と言われ ワライやイジメの対象になりがちな日本。ところが韓国では 「正義は勝つ」と堂々と言いきる国柄だけあって 恥ずかしげもなく席は譲ってくれるは泊めてくれるは道に迷っていれば行き先までついてきて教えてくれるは・・・旅行をしていて私は何度も「施」を受けました。クリスチャンが多いといわれる韓国ですが このような仏教の教えも生活のなかに息づいているんだなと思いました。

仕事から遠ざかり お金の匂いからもどんどん縁遠くなっていくけど お金がなくても目で 口で 顔で 体で 心で できることがこんなにたくさんあるんだ、cocoせせらぎで共生生活をおくる私たち おおいに参考にしなくちゃ。            「無財七施」を久しぶりに思い出して・・・とても得したような気分です。 (R)

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切り戻ししたペチュニアをボールに

cocoせせらぎに暮らして       2021・6・10

cocoせせらぎに暮らして   2021・6・102021・6・10

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せせらぎの菜園ではトマト キューリ ジャガイモがすくすく・・・

「ごちそうさま!」

私たちは四季おりおりのご馳走をいただける めぐまれた身分です。畑で採れたえんどう豆やキュウリがもう口に入りましたし 最近あつくなりはじめたら さっそくスイカのデザートも出ました。一人一人の誕生日には その人の食べたいメニューを聞いて工夫し ケーキとビールも添えて 祝ってくださいます。

4人の食事スタッフは みなさんcocoせせらぎから自転車で数分のところに住んでいる主婦の方たち これまで培ってきた技術・情報・愛情・・・が籠められた それぞれがたどってきた人生を感じさせる夕食を作ってくださいます。献立・買い物の仕方・料理法・味付け・盛りつけ 4人の方それぞれの人柄を感じさせ 毎夕「今日はどなたが当番かな? なんのご馳走かな?」と 食堂に下りていくのが楽しみな毎日です。

みんなが集まると コロナ前は「パ・タ・カ・ラ  パ・タ・カ・ラ・・・」と唱え 口や喉の体操をしてから”いただきま~す”だったのですが 今は感染が心配なため省略して 小さな声でそっと ”いただきます”     そしておもむろにマスクを外して さっと食べます。「これはなんていうメニュー?」「どうやって味付けしたの?」「」どこで買ったの?」など スタッフさんに質問。「この味付けははじめてやってみたの」「ふーん・・・ おいしいね~  はじめて食べたわ」

こんな会話をしながらも スタッフさんは帰り支度です。家でご家族が待っている方もいて 片づけは私たちがやるのです。                                その帰り支度を見てさっと立ち上がるのが 男性の I さん。裏の出口までお見送りです。「お疲れさまでした、おいしかったよ」と笑顔でドアを開けて スタッフさんを送りだすと ドアの鍵をカチャ!

最初は 送りだされるスタッフさんは恥ずかしそうに「いいのに そんな・・送らなくても」と言っていたし 口の悪い私たちは「あ、またドアボーイが・・」とか からかっていたのですが 毎日 笑顔で送りだされ 薄暗いところで鍵をかけなくてもよくなったスタッフさんたちは嬉しそうに見送られるようになり 私たち女性陣も I さんがみんなの「ごちそうさま」の気持ちを代表して見送ってくれているのだと ありがたく思うようになってきました。

I さんが不在の日ももちろんあります。そんな日はもう一人の男性 Mさんがすかさず立って裏口へ。男性はあまり笑顔を見せない人が多いように思うのですが せせらぎの男性お二人は なぜかとびきりいい笑顔  (^_^)                                                                                                                                一日一度 みなで顔をあわせる夕食の時間は このようになごやかに過ぎていきます。      (R)

cocoせせらぎに暮らして    2021・5・15

IMG_0002   (せせらぎ遊歩道で出会った自然の芸術 穂先きのピンクとグリーンのグラデーション )

エリック・エリクソンとの再会

「心は生涯にわたって発達する。。超高齢期も・・・」 私が最近出会った 希望をもたせてくれるすばらしい言葉です。

今年に入って cocoせせらぎの中で高齢者の生き方について学習会をやりましょう!という声が出てきて その参考資料の一冊『東大がつくった高齢者のための教科書』を読んでいたとき なつかしいエリック・エリクソンの名前に再会したのです。

私は娘の子育て6年くらい 保育という現場で20年くらい 子どもたちが一日一日驚くほど発達していく姿を見てきました。一方で 発達がうまくいかない子どもたちの支援の方法について 精神発達医学の専門家 佐々木正美先生の講義を20年間受けつづけました。先生はエリック・エリクソンの発達論をひいて 子どもたちの発達についてだけでなく 人間として人間らしく生涯を送るためにはなにが必要か・・・ということを よく講義の合間に話してくださいました。

「人間の一生のそれぞれの時期には発達課題があって それをのりこえてこそ次のステップに軽く足を踏みだすことができる。エリクソンは発達課題をcrisisクライシスという単語で表している。つまり裂け目。氷河の裂け目のように そこを無事に超えなければ危機におちいる という意味のことばである」と。 20年間先生のお話を聞きつづけてきたので このcrisisという単語は今も耳に残り 人生の各段階で私はうまく課題をクリアして生きてきただろうか・・・ときどき振り返ることがあります。

ここに一応 エリクソンの考えた人間の一生の各時期の発達課題と crisisを超えることに失敗した状態を「教科書」を参考に書きとめてみます。

Ⅰ 乳児期  親との間に「基本的信頼」を構築し 安心感や安全感を得る。それにより今後の人生生     におけるさまざまな新しい経験に立ち向かっていくことができる。(これに失敗すると     未来へのおそれを抱く「基本的不信」におちいる。)

Ⅱ 幼児期前期 自分の行動をコントロールしルールを守ることができる自分を誇る「自

        律感」を身につける。例えばトイレットトレーニングなどが目標となる。

(これに失敗すると 他者に対する恥じらいや自分の能力への疑惑を抱く「恥

・疑惑」におちいる。)

Ⅲ 幼児期後期 関心が遊びに向けられ「あれはやってみたい」「これはやりたくない」

              という欲求のもとに 自発的な行動「積極性」を身につける。

(親の意向とぶつかる場合もあるため「罪悪感」を覚え 積極性を抑えてし

まうこともある。)

Ⅳ 児童期 学校の勉強やスポーツなどを身につけることを通じて 子ども集団の中での

              自分の位置を確立。その時に「勤勉性」を身につける。

(これに失敗すると「劣等感」を感じることになる。)

Ⅴ 青年期前期 身体的・知的発達にともない「自己とは何か」に対する意識が高まる。

            これこそ自分であるというアイデンティティー自我同一性を確立する。

(アイデンティティーを獲得することが課題。)

  青年期後期 友人や恋人との間に深い関係を築いていくことで「親密性」を獲得する

              またその中で自分に対する信頼も深めていく。

(これに失敗すると「孤独」におちいることになる。)

  壮年期 仕事や家族関係の中で 自己に固執せず新たな世代を育てていく「世代性」

              を身につける。これによってさらに自己が確立する。

(発達の停滞をのりこえることが課題。)

  高齢期 自分の人生に満足し受けいれる「統合」を達成する。

            (これに失敗すると 人生の時間があまり残されていないことに対する「絶

      望」におちいる。)

  超高齢期 さらに迫りくる死の絶望を 家族との信頼関係などを通じてのりこえ「超

           越」にいたる。

私が佐々木先生から学んだころのエリクソンは 人生を6期にわけるシンプルなかたちで 壮年期の「自分優先ではなく 自分の得た知識・経験・智慧を次世代に伝えて 安心して人生を終わる」ところまでだったような気がします。しかしエリクソン自身が長生きをして歳をかさねるにつれて 高齢期と超高齢期の発達課題を加えていった ということを今回知りました。

老年期は体力も知力もおとろえて 失うことばかりだと考えられていたのに 今や100歳人生といわれる超高齢社会に入り 現代の老年心理学では「生涯発達 加齢も発達の一環であり 衰退ではなく変化である」という考え方が主流とのことです。

せせらぎ入居者の私たちも ”よかったこと悪かったこと全部あわせて自分の人生であると 受けいれる” 高齢期を過ぎつつあり いよいよ ”死に向きあう” 超高齢期にさしかかっていきます。体はますますおとろえて 人の支援なしに生活できなくなり 死をむかえる恐怖。それを今まで築きあげてきた ”人への信頼” によって「超越」に至ることができるだろうか・・・その準備はできているだろうか・・・

92歳で亡くなるまで学びつつ考えつつ生き  ”心は生涯にわたって発達する” ことを教えてくれたエリクソン。なつかしいその名前に再会し 今回もたくさんのことを学びました。                      (R)

IMG_0004 端午の節句を調理スタッフの W さんが 鯉のぼりの稲荷寿司で祝ってくれました。W さんは「私の料理にはビタミン I(愛)が入ってるからね」とよく言われます。ふっくら甘く煮た油揚げが超おいしかった!

cocoせせらぎに暮らして   2021・4・20

cocoせせらぎに暮らして            2021・4・20

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Jさんの折り紙でたのしいせせらぎ の掲示板

    日々感動!!

月日のたつのは早いものでcocoせせらぎで働き 3年たちました。この地域に知人がいて せせらぎの前を散策していると 掲示板にカフェ開催のお知らせが目にとまりました。数回カフェに通ううち 顔見知りの方がいることに気づき「このような所で働けたらいいな」と知りあいの方に話すと「入居者さんも増えるから大丈夫だと思うよ」と言われ

せせらぎの責任者の方に連絡してくださり 面接となり採用されました。

私の担当は 週2回 1階のサロン・お風呂・トイレ・外回りの清掃です。自分のペースで働けること また心なごむ環境や人とのつながりがあり 今に至っています。

せせらぎに来た当初 建物回りの一部が殺風景でしたが 少しずつ植物を植え 今では草花も大きくなり 入居者さんや通りがかりの人たちから声をかけられます。

趣味では折り紙を楽しみ 掲示板に飾らせていただき 楽しんでもらえたらうれしいです。

このような生活の中で 日々メリハリがつき 学ぶことも多く 一石何鳥にもなっています。これからも入居者さんや地域の方々と交流を深め 充実した日々 感動ある日々を共有し 大切に過ごしていきたいと願っています。                      (J)

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プランターで育てたフリージア

いっしょに食べることーーー縁食

cocoせせらぎは2階と3階に5つずつの個室が並んでいて 昔の長屋のようなつくりです。江戸時代の長屋には必ず水場があって そこで井戸端会議がさかんだったようですがせせらぎには井戸がなく、そのかわりにあるのが食堂での井戸端会議です。

70、80代の私たち ここにくるまで他人同士だった10人の井戸端会議といえば 「きょうは虹を見たよ」「夕焼けが綺麗だった」「あしたは暑くなるってよ」と天気の話・・・「この大根おいしいね」「どうやって煮たの?」「あそこのスーパーはいつもいいバナナが置いてあるね」と料理や買い物の話・・・「きょうはあそこの病院に行ってきたんだ」「私はこっちの病院」「どんな先生だった?」と健康の話くらいです。コロナ以降は感染者の人数の話 オリンピックをやるのだろうかという話も。でも・・・                              昼間は個室で それぞれが一人暮らしのような自由な時間の過ごし方をしていても やはり人恋しくなる夕刻になると下りていって  ”きょうも一日みんな無事で過ごせたね~” とは言わなくても みんなホッとして同じ食事をいただく・・・これは1日を締めくくる一番のハイライトでした コロナがくるまでは。

ダイアモンドプリンセスのころは「コロナなんてくるわけがない」と言う人もいましたが 第2波になるとだんだん警戒心が高まり アクリルの遮蔽板をたてて食べるようになりました。でも「せせらぎからコロナ感染者が出ても病院がいっぱいで入院できないかも」なんてことを想定しなければならなくなった第3波では ついに「部屋食にしましょう!」ということになりました。その時 いままで当たり前だった1日一回の顔合わせ それが大切な時間だったと気づかせられました。

ちょうどそんな折 新聞で『縁食論 孤食と共食のあいだ』という本の広告を見つけたのです。縁食? はてなんだろう? さっそく読んでみました。著者の藤原辰史さんは「食」から歴史を研究する京都大学の先生で 食によって縁が結ばれる現場をいろいろ書いておられましたが 概要はこんな風でした。                                    『縁がぶつぶつにきれてしまっている現在 縁を結ぶ場所として食は最適。栄養をとるという以外の目的をあえて強く設定せず 人と人との交わる場所。食べ物を通じた人と人の結びつき方は率直で 料理する側と食べる側の交流も自然に生まれる。

縁とは 人と人との深くて重いつながりではなく 単にめぐり合わせ ある場所に同じ時間にとどまっているに過ぎない ゆるやかな並存。ちょっと立ち寄る 誰かがいる 話さなくてもよい 作り笑いも無用 食べてちょっと掲示板や月をながめて帰ってもいい。

歴史的に 食べ物やアルコールが集まる場所は文化や情報の集積する所で 食べることによって多様な出会いがうまれる。』

せせらぎ の食堂はまさに ” 縁食 “と言うに ぴったりの空間だなぁと読みながら思いました。私たちは気楽なひとり住まいを楽しむ個室だけでなく 人の息づかいの感じられる食堂ももっているというわけです。縁もゆかりもなく あちこちからやってきた10人にとって 食堂はまさに「ご縁」の場所。老いの日々の 体も心も養ってくれる大切な場所なんだな・・・

オリンピック開催を進めるためか緊急事態が急に解除された3月末 せせらぎでも終息まで待ちきれずに 消毒・マスク・換気をしたうえで食堂を再開しました。部屋食がいい人は部屋で取る日もありますが 食べて少しお話しすれば笑顔にもなるし・・・                  いっしょに食べることで cocoせせらぎの10人が助けあい 支えあいながら残された人生を豊かに暮らすご縁が結べたらうれしいです。                      (R)

IMG_0003                    裏庭で育った春の山野草 宝鐸草 姫空木 苧環など

 

せせらぎに暮らして      2021・3・10

せせらぎに暮らして  2021・3・10   

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 ハッピー !!

友人からcocoせせらぎを紹介され 調理スタッフとして5年になります。           以前は一人暮らしの老人に 松花弁当をつくり 30年間ボランティア活動をさせていただきました。                                          その時の心構えとして 栄養のバランス【ま・ご・わ・や・さ・し・い】で献立を考え 調理をしてまいりました。それは ま(まめ)ご(ごま)わ(わかめ)や(やさい)さ(さかな)し(しいたけ)い(いも)を大切にすること。これは今も 私の基本になっており せせらぎでもつづけております。                                       また 色どり 盛り付けなど ワクワク ドキドキしていただけるように配慮しております。

今はコロナで部屋食 密にならないようにと 料理はパックに入れて 各自が容器を持ってきて入れる・・・初めての経験です。私たちは目で見て 食欲を増しますが 今は残念です。     入居者のみなさんが 料理したものを喜んで 笑顔を見せていただいたときは とても幸せな気分になり(ハッピー!!) もっと美味しく作ろうと 意欲がわいてきます。

料理を作らせていただき 感謝いっぱいです。ありがとうございます。   (W)  

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せせらぎに暮らして   2021・3・10

せせらぎに暮らして  2021・3・10

せせらぎ設立の歴史を知る《理事長  米寿のお祝い会》

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我が「NPO法人北部川崎グループリビングcocoせせらぎ」の理事長 前田さんの88歳のお誕生日がもうすぐ・・・と知って 私たちは大いに慌てました。                                                                    というのも 以前入居者の中に同い年の I さんがいて 前田さんは「88歳になったら一緒に米寿のお祝いをしましょうね その日を二人で必ず元気で迎えましょうね!」と I さんによく声をかけていたのです。ところが  I さんが2年前に転居されたこともあって 米寿の祝いのことも また前田さんのお誕生日も 私たちはすっかり失念していたのです。

さて、このコロナ下で どうしましょう・・・88歳の前田さんが入居者・スタッフなど一人一人に細かい配慮を寄せ お元気でせせらぎを引っ張ってくださっていることに感謝の気持ちをあらわしたいし・・・前田さんも米寿をとても楽しみにされていたし・・・                                                 緊急事態下だということもあって ずいぶん迷いましたが このタイミングを逃したら米寿は二度とこない! 前田さんにないしょで小さなお祝い会を計画しましょう! ということになりました。

3月4日 運営委員会が行われたサロンに皆さん残ってもらって 入居者 スタッフ ライフサポーターも集まり お得意のデザイン感覚で入居者 MT さんが作ってくれた「祝 米寿」のポスターが急遽 貼りだされ 密にならないようになるべく離して椅子が並べられました。入居者 TM さんの司会で パーティーのはじまりです。

最初に副理事長酒井さんから花籠贈呈 「今から10年ほど前にグループリビングの勉強会を前田さんといっしょに立ち上げ その2年後にここの地主である秋元さんと出会い 秋元さんのグループリビングに対する理解とご好意によってせせらぎは実現しました」とこれまでの10年を話されました。

ここで歌のプレゼントです。大勢で合唱するとコロナの危険もあるので 2人ずつ2曲だけ『逢えてよかったね』と『群青』をささやかに歌いました。コロナがくる前は「せせらぎ歌の会」でけっこうノドを鍛えていたはずが?? 4人とももう1年以上歌ってなくて 声もかすれがち。でも気持ちはいっぱい込めて ”枯れ木も山の賑わい” とばかり歌いました。                このあといろいろなプレゼントが。。。 顧問になってくださっている K さんからハート形に並べられた真紅のバラの入浴剤が いつも菜園ボランティアをしてくださっている K さんから採りたてキャベツ大一個が MTさんから可愛いポーチが  そして最後に秋元さんから色紙が 贈られました。                                          その色紙には花の絵のなかに まえだよしこにちなんでこんな言葉が書かれていました。

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えむきに                                       んをむすんで                                     れよりも熱く                                     りよい老いの暮らしを                                 っかり見すえ                                     こせせらぎの暮らしをつくりましたね」

私はこれを読んだ瞬間 お二人の絆をつよく感じました。                  お金儲けのためではなく よりよい老いの暮らしのために とグループリビングを熱く計画した前田さん その理想を共にして土地建物を提供してくださった秋元さん お二人が勇気と信念をもって前むきに縁をむすんだ・・・「せせらぎ」はその結実なんだなぁと 私はせせらぎの歴史を見た思いがして感動したのです。利潤をあげ成長しつづけるという価値観が大手をふるっている今の日本にあって 利潤もあげず成長もしないけど 私たちは幸せに暮らし 奇跡的に存続しているcocoせせらぎ。入居者として設立の志を忘れないように暮らしていかなければ・・・短いセレモニーでしたが とても大切な30分に思われました。

ちょうどお昼時 サンドイッチ・桜餅・紅茶・近所の方が持ってきてくださった野菜でスタッフの方が作った炒め物など 希望者はアクリル板で仕切られた食堂で マスクを外して静かに食べ・・・ 前田さん米寿のお祝いはおひらきとなりました。

前田さん 88歳おめでとうございます!! 私たちのためにいつも心を砕いてくださること感謝しています。 いつまでもお元気でいらしてくださいね❤︎          (R)

せせらぎに暮らして         2021・2・14

せせらぎのバレンタインデー                                            2021・2・14

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ヨーロッパでは 紀元270年ころのローマで殉教したと言われる聖バレンティヌスを記念して 2月14日には友人・恋人の間でカードを交換したり 贈り物をする習慣があったそうです。それが日本では いつのころからか女性から男性にチョコを贈る日に。

今までの人生で それぞれ家族・恋人・友だち・仕事でかかわった人など 愛の告白から義理チョコまで せせらぎの住民は何回チョコを贈ったことでしょう???                       この年になっても バレンタインデーに無関係というのはちょっと寂しい!

そのうえ今年のバレンタインデーは「今までになくせせらぎにお二人の男性がいるね しかも心優しいMさん 素敵な紳士の I さんには 何かとお世話になっている Mさんは毎晩お皿を棚にしまってくれているし パソコンでわからないことがあったらなんでも I さんに相談するものね」ということで 即刻 チョコをお贈りしましょう と決まりました。

この辺りのスーパーのチョコではなく 歩いて30分の若者の街・武蔵小杉まで元気な2人が買いに行ってくれました Mary’s とか Meiji ではなく GODIVAを!

14日の夕食どき みんなが集まったころを見計らって贈呈式を。年長のMさんが「むかし少年だったお二人に むかし少女だった私たちからです」と可愛い包みのGODIVAが手渡されました。

コロナでいろいろな催しや サロンでのすべての活動が中止になっている今 久しぶりでちょっとはなやかな空気が流れたせせらぎでした。 (R)

IMG_0007                                                                    せせらぎの裏庭で見つけた春一番の花 クリスマスローズ

 

cocoせせらぎに暮らして   2021・2・12

DSC_0473                            開きはじめたせせらぎ沿いの河津桜

共生ってなんだ?                 2021・2・12

コロナがやってきて 世界中のみんなが分かりあったことがあるのではないでしょうか。それは人間ってやっぱり集まりたいんだ なにか楽しいことを一緒にやりたいんだ・・・ということ。

街のようすをテレビで見ても 繁華街にはコロナ下でもやはり人が集まり 夕闇の道端でビールの栓を開けてふざけあう若者たち。高齢の私たちだって 今は密を避けて一人一人部屋で食べているので食堂に夕食を取りにいくのを楽しみにしているのです。食堂でお仲間の顔を見ると元気が出るし 一言二言声を交わすだけでホッとします。また いつバス券やPASMOを使って友だちに会いにいけるかなぁ・・・と外に出るのを待ちわびてもいます。

「『人』という字は 両方がほら!支え合っているでしょ?」と 仕事をする中でよく聞いた講演者の言葉です。それを地でいく「支えあって一緒に生きていこうよ」というグループリビングの暮らし方。体・心・お金の面で「自立」し でも1人暮らしではなく ゆるやかに支え合う「共生」の暮らし方 「自立と共生」に共鳴してcocoせせらぎに10人が集まったのですが・・・

トットコ自由に歩いていく体力があり 心も10人十色それぞれ好きな方向を向き 日々の生活をそこそこ維持できる経済的基盤もあり 今までの人生の積みかさねで勝ちとってきたといえる「自立」。だから自立は私たちにとって わりと納得しやすいテーマです。ところが「共生」となると そう簡単ではありません もっているイメージがみんなちがいます。よかれと思ったことが。。そんなはずじゃなかったんだけど。。こっちの方がいい。。あっちの方が。。と みんな頑固です(私も)。  共生ってむずかしい!

もし誰かがちょっと離れた所から見て 70、80のジジババがこんなこと・・・と思うくらい アニメにしたらさぞ面白い作品になるかなぁと思うくらい ほんのちょっとした行き違いの小さな場面が日々くりひろげられています。最後まで社会の中で生きていけると思えば 楽しいとも言える毎日ですが。

先日 cocoせせらぎがよくお世話になる介護事業所ホッとスペースが 「共生」というテーマでzoomシンポジウムを主催されたので 参加してみました。そのなかでホッとスペース所長佐々木炎氏が共同体の共生ということについて 次のように話されました。

『共同体としてうまくいっているなぁ 共同体のなかで虐待とか自殺とかいじめというような困った問題がないなぁ という例をみると かならずそこに三つの条件がある。          ①その共同体を構成している人たちは とくに仲よしでもなく お互いが挨拶する程度     ②でも何かあった時には助け合う                             ③構成員同士 失敗したら「そんなこともあるよなぁ」と許しあえる             この三つの条件がある所は うまくいく。                        今 自己責任といわれ自立を迫られ世の中がパンパンになっている時 支えきれない家族が虐待や自殺を起こしているが それを支える地域とか もう少し狭い範囲のグループやいっしょごはんの助け合う仲間が コロナ下で大切になってくる。』  と話されました。

本当にそうだ 私たちも柔らかい心をもって生きていきたい。小さい時から人に迷惑をかけないようにとしつけられ 仕事では失敗を許されないで生きてきた私たち。なにかあったときには気軽に「助けて!」と言える・・・失敗したら「私だって失敗することあるんだから」と許しあえる・・・せせらぎを そんな自然な互助の場所にしていきたい。

せせらぎの入居者がやっと10人になって運営が落ちつき 今あらためて共生ということを学ぼう!というところまで 辿りついたんだなと思います。コロナがおさまってきたら「高齢者が共に生きる」をテーマに勉強会をはじめる予定です。 (R)