カテゴリー別アーカイブ: NWES

cocoせせらぎに暮らして     2026・4・15

入居はじめてのひな祭り

2026・4・15

昨年6月に入居 はじめてのひな祭り 準備をする皆さんの手ぎわのよさでアッという間に7段のひな飾り完成 一年ぶりに木目込みの美しいおひな様や小道具が並びました。

私もおひな様に初めましてのご挨拶。 

d64cfb7e0a20a6a8e38406d34db87d52-260305114459012ひな祭り当日、会に先立ってこのひな壇飾りを背景に皆んなで記念撮影。

入居者だけではなく、cocoせせらぎに何かと協力頂き 交流している地域の方々が多数参加くださいました。

その後 全員で「ひなまつり」の歌と「青い山脈」の替え歌を伴奏に合わせて大きな声で合唱。特に「青い山脈」の替え歌があまりに我々の年代にぴったりで 的を得ていて面白いのでご紹介します。

 1 、 若く明るい人生は 楽しく前向き生きること

  夢を持ちつづけ いついつまでも

  健やかに 笑顔忘れず過ごしましょう

                                            2、  歳をとっても白髪でも 口紅お化粧身だしなみ

                                                  背筋を伸ばして 足取り軽く

                                                  街角にきっとあります 素敵な出会い

    3、   食事は毎日手作りで 季節のものをうす味で

          ゆっくりよく噛んで腹八分目

憧れの若いからだを 保ちましょう

                                              4、   病気があろうと無かろうと90  100 生き抜いて

                                                       ねんねんころりより ピンピンコロリ                     

                                                       あなたにもきっとできます 健康長寿

  和やかな雰囲気となったところで会食となりました。美味しいごちそうがたくさん並びました。春らしい手まり寿司のお弁当の他に、甘酒、さくら餅、差し入れのみかんと最中と豪華でした。ところで甘酒は入居者の I さんが毎年 酒粕から手作りしてくだってるもので 愛情たっぷりの美味しさを味わうことができました。

日頃じっくり話すことの少ない町内の方々と 食べながら飲みながらおしゃべりに花を咲かすことができました。内々だけの行事でなく地域のみなさんと交流を深めるこのような会は 貴重で意義のあることだという気持ちで 感慨深いものがありました。

ところでちょっと補足しますと ひな壇飾りは外部の人 特にせせらぎ遊歩道をウォーキングしている人や散策中の人にも楽しんでもらえるよう 室内から通りに面して飾り 夜はライトアップしてました。せせらぎのひな祭りは町の人といっしょに楽しむ祭りだと思いました。

来年3月またお会いしましょう とおひな様に挨拶して 祭りは終了しました。

(入居者・玲)

cocoせせらぎに暮らして     2026・3・31

 臨床宗教師とは? 

2026・3・31

cocoせせらぎもその一員であるグループリビング全国協議会から「臨床宗教師とは?」という聞きなれないテーマの講演会のお誘いがありました。zoomで参加してみることにしました。

cocoせせらぎでは2023年から2024年にかけて 「せせらぎで最期を迎えることは可能か」という勉強会を入居者同士で10数回行い 最期を迎えることについての介護・医療・遺言・葬式など具体的なことは学びあいました。                              でも「死」そのもの 死への恐怖とか悲しみ苦しみなどということは なかなか話し合えませんでした。

zoomでは 東日本大震災後の仙台で臨床宗教師という資格をもち ボランティアで死にゆく人の傍らで話を聴く高橋悦道さん(住職)が話されました。

『岡部隆さんという宮城県の終末医療のパイオニアであるお医者さんが 私に「医者は痛みのコントロールはできるが 人間そのものの心の痛みを癒すのは難しい。死を前にした患者に医者はなにもできない。そこにどうして宗教者が出てこないのか?」と言われた。岡部医師は「その人の人生を含んだ死にたいしては 医療以外の視点からの学びも必要であること」を強く訴えられた。

大震災のあと仙台で 宗教団体 教育機関 心のケアの専門家が集まり 医療の力だけでは及ばない領域に宗教者が手をさしのべるための組織を作った・・・倫理綱領も作り 職域を明瞭化し 専門職としての臨床宗教師(欧米ではチャプレンと呼ばれる)を養成し資格を出す組織。現在 全国で211人が臨床宗教師に認定されている。

宗教者であるが 布教・伝道・営利を目的とせず 医師・看護師・介護現場などの求めに応じてチームを組んで おもに被災地・病院・施設などの現場で 死の悲嘆と向き合い宗教的なケアを行う組織ができた。

「毎日寝てるだけというのは辛い」「安楽死したい」「娘に会いたいのに会えない」「もっと夫とたくさんの思い出を作りたかった」「自分にはあと一年しかない・・・若いのにどうして俺が?」「家族と別れるのがツラい」・・・などなど たくさんの声。

臨床宗教師は死を受け止められない心の状態 怒り 後悔 悲しみ・・・医療だけで関わるのが難しい死の場面で 話し相手になり 吐き出したいことを聴く。                その経験から 死にゆく人・残された人 両方にとってケアになるのが “暖かな死生感(観)・死後感(観)” であることが分かってきた。

死にゆく苦しみの中からなんらかの安らぎを得ること・・・それを共有すると 残された家族にとってもケアを行う看護師やヘルパーにとっても 心の支えになるような暖かな死生感。それはどんなものか。

”最愛の人と再会できると思って旅立つ人”   ”思いを込めて作った数珠を家族に渡して側にいるよと伝えた人”   ”人は死んでも離れ離れでないし いつも一緒だよと教えてくれた人”   ”向こうに逝ったら楽になると安心を与えてくれた人”・・・私は たくさんの人に出会って 暖かい死生感というものを知った。

このような暖かい死生感を得るには どうしたらいいか。それは死をタブーとしないで 「人は死ぬ存在」「死は恐怖にちがいないが全ての人は旅立つ」と早いうちから考えることが必要なのではないだろうか。』と結ばれました。

高橋悦道さんはまだ若い住職さんとお見受けしましたが 震災で多くの不条理な死に向き合い また親しい医師の死に立ち会われ 医療では手の届かない心の苦しみ をなんとかしたいと一歩踏み出された気持ちが zoomから伝わってきました。

主催者の土井原さんも「全体を通じて、臨床宗教師の実践は、死に直面した特別な場面に限らず、私たちが日常の中で失いつつある”語ること” ”聴くこと” ”意味を急いで閉じないこと”の大切さを、静かに問い返しているように思われました」と講演後にe-mailで感想を述べておられました。

あー ほんとうだ 「死」についてcocoせせらぎでも お互いの心の内を”語り” また”聴いて” いけるような輪になれたらいいなぁと思いました。

「死」の地点から生きている「今」を考えることができる生物は 地球上では人間だけ・・・と山極寿一さんが言っておられましたが 今日を大切に過ごすために 私たちも考えていけたら。                (入居者・土)

ハマグリの貝殻で手作りしたおひなさま

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cocoせせらぎに暮らして    2026・2・28

1771209397696傘寿の旅 ベトナム少数民族の地域へ

2026・2・28

ベトナムといえばベトナム戦争とか枯葉剤散布とかのイメージが強くて、なかなか一歩を踏み出せませんでした

ベトナムには54の少数民族があるが 今回ベトナムの北部、手付かずの自然豊かな多くの少数民族の住む地域を巡る旅という文言に惹かれて 4泊6日の旅に参加しました

ベトナム独立80年   私も80歳、cocoせせらぎに住み着いて5年になり、傘寿を健康で迎えた自分へのご褒美の旅でした

 10人程の小さなツアー、戦争当時ハノイの駐在新聞記者だったKさんが同行され、当時のベトナムの様子や戦争体験や一緒に取材していた同僚が殉職された事などをお聞きし 旅の印象がより強くなりました

初日は移動日でした。成田から5時間半の飛行でハノイのノイバイ空港に到着後、マイクロバスで北を目指す旅が始まりました

最初の宿泊地バッカンまで3時間半舗装が切れて山道をゆっくり登って行きました

都会から田園地帯・山岳地帯と周りの風景が変わり、何より驚いたのはまるで山水画をみているようでした。

IMG_0997カルスト地帯という事で柔らかな土地が削られて今の地形になり、また至る所に鍾乳洞や洞窟があるとのことでした 生まれて初めて見る景色は見飽きません 

翌日はさらに北に向かいパーペー国立公園のナン川のボートクルーズでした。民族衣装と民族楽器ダンティンを手にしたタイー族の娘さんが乗り込んで民謡を聴かせてくれましたし、周りの景色をゆったり眺めました

漁業も盛んなようで網に結びつけたウキがうかんでいましたし、ホテルの食事にもナマズ、雷魚、小魚、エビなどが出てきて美味しくいただく事ができました

道路事情は幹線道路は最近舗装されたようで 工事のダンプトラックが砂煙を上げて行き交い、至る所で高速道路の工事中

 最近大風と大雨IMG_1027で崩れた所も修理中、私達の通路も崩れた所をパワーショベルが石を片付けながら先導してくれたりでした

3日目は日曜日、賑わうカオバン地元の『市』にバスを止めてぶらつき、近郊の人々の生活を垣間見ました

地面にビニールを広げて野菜・果物・生きた魚・ぶつ切りのかたまり肉を売っていたり、衣類や雑貨など生活必 需品がところ狭しと並べられ活気がありました。早速、両替した通貨のドンを持って珍しい果物 ドリアンやマン ゴステンなどを買い、みんなで分けて食べました

ふと見るとナマズや大きな鯉と雷魚がピクピク、網の中にはカエルがもぞもぞして買い手を待っていました

午後はホーチミン
に関連するベトバック戦争遺跡を訪問しました

ホーチミンは今もベトナムの英雄でありホーおじさんと慕われて、紙幣のすべてに彼の肖像が使われています

フランスから戻ったホーチミンが潜伏しながらベトナム戦争を率いた聖地です 歴史が目の前にあり感無量でした

4日目はツアーのハイライト、世界で4番目に大きい滝パンゾック滝に向かいました 高さは50m幅300mで轟々と流れて 川の対岸は中国という国境の滝でした。

竹を組んだ筏に乗って滝の近くまで行き迫力満点でしたが、対岸にも多くの中国人観光客がいて筏で滝見物していて顔が見える距離でしたが、夜は中国側からサーチライトが何本も照らされ不気味な雰囲気になりますIMG_1089

5日目はハノイに戻り戦争中に殉職されたT記者の記念碑に参拝したり、買い物をしたりで過ごしました

夜中発の飛行機で翌朝帰国しました

食事も美味しく楽しい旅でしたが、私が一番困ったのはトイレの事、長時間バスに乗るのですがトイレ休憩に適当なところがありません

ガソリンスタンドや小さなお店に頼んで使わせてもらうのですが、洋式でもなく手すりもありません。電灯 もないようなところで大きなバケツに溜まった水を流すのです。そんな有様でしたから足腰の弱った私にはとても苦痛で、膝を痛めて最後の方では歩くのも辛くなりました 若い時はなんでもなかった事ができなくなっていてショックでした

ベトナムは発展途上国で急速にこれからも変わっていくでしょう

こんな苦労も何年か先には無くなるでしょうが、残して欲しいものもあるし、難しい事です                        (入居者・石)

 

cocoせせらぎに暮らして   2026・1・30

残り毛糸で 

2026・1・30

暑いあいだは触りたくもない毛糸ですが 暖房がうれしい寒さがやってくると つい残り毛糸の袋に手がいきます。

袋の中からは・・・娘のセーターを編んでもらった残りのまだら色 なにかを編むつもりで買っておいたえんじ色たくさん 友だちにマフラーを編んだ砂色 何に使ったか忘れた青 グリーン ピンク 白・・・太いの20251225_201612 細いの 羊毛 ポリエステル 綿 モヘヤ 素材も色もちがう毛糸の玉がコロコロ飛び出してきました。ホットカーペットの上で昔のことを思い出しながら あの色この色 取り合わせてみて  なにを編もうかな~ ボンヤリ考えるたのしい時間。

やっぱりベレー帽かな? ベレーが好きでグレーのフランネルのは持っているけど 地味なコートを着た時にはパッと明るい色のベレーが欲しい! そう思って 袋の中からえんじ色 ピンク 赤 オレンジ 紫 白・・・いろいろ取りだしてみました。合わせていくうちに なんとなく素敵なベレー帽が頭に浮かんだので さっそくえんじ色と白を合わせてクルクルと短編みを編みはじめました。

どれも少量しかない残り毛糸の玉・・・次はどの色を取り合わせようかな~ えんじの輪のとなりは娘のセーターの残り糸かな?

編み物を習ったこともなく自己流です。既製品のフランネルベレー帽に合わせてみたり 自分の頭に載せたりして  合わないと解いたり足したり減らしたり・・・なにも考えずにふわふわの毛糸に触りながら過ごす冬の日は なんて幸せでしょう。20251230_090635

年をとってこんな穏やかな日がくるなんて思ってもいませんでした。若い間は休みというと 両手はたまっていた家事で大忙し  頭の中も休み明けの仕事のこと 子どものこと 周りとの付き合いのあれこれに気を使って ボーッとするどころではなく・・・ちょっと新聞を読もうかなとソファに座った途端 よく眠ってしまったものです。

仕事なし家事なし子育てなしの今 あたたかい部屋でホッとして編み物。窓からはあたたかい光がはいってきて 疲れると紅茶を飲んだりCDをかけたり・・・いつの間にか赤い毛糸は全部使いおわり 紫と白も帽子のなかに溶けていきました 思い出も一緒に編み込みました。私の人生に連れ添ってくれた残り毛糸たち こうして一玉一玉なくなっていきます。                          (入居者・土)

cocoせせらぎに暮らして   2025・12・15

墓じまい

74歳                                          昨年脳梗塞になり、いろいろ                               考えた上、元気なうちに、墓じまい                            をしようと思いました。                                 祖父、祖母、父、母には申し訳                              ないが私も独り者でお墓を、このままに                          しておくわけには行かず残念ですが、                           墓じまいをすることにしました。15977540017886

 

 

 

 

樹木葬

また樹木葬に私最後の住処を              確保しました。ペット東大理一             東大くんもいっしょデスヨ(入居者・町)

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cocoせせらぎに暮らして  2025・11・10

デイサービス見学に行きました

2025・11・10

退居された方から いつもお世話になっている介護事業所との交流会のお知らせをいただき 総勢7人である日のデイサービス見学に行ってきました。

デイスタッフによる車の送迎付きという有難い申し出に 私たちもいつかはお世話になるかもしれないと勉強がてら、、、そして気持もワクワクしました。

ほんの少しでも自分の目で見ておくのは重要だと思うのです。

その介護事業所は介護保険のケアマネ部門、訪問介護、デイサービスのみならず地域の子育て支援、子ども支援、障がい者支援、グループホームなど 住みよい地域を目ざして幅広い活動を展開しているNPO法人です。日曜日にはキリスト教の教会になります。

cocoせせらぎでも日常生活を支えてもらう人が年々増えて、こことは切っても切れない有難い存在です。

以前cocoせせらぎからもデイサービスに通う人がいましたが、その事業所に住み替えされたので、そのお二人に会うのも今回の見学の楽しみでした。

午後のプログラムの途中からおじゃまして私は音楽の仲間に参加、トーンチャイムを手にしてメンバーやスタッフさんに助けられて演奏を楽しみました。

以前コーラスサークルで練習したことがあったので、そうそうこんな感じだったと懐かしく思い出しました。

自分の好みのグループを選び参加できるとのこと、音楽、お料理、麻雀やぬりえ、編み物などがあり、スタッフが世話をしながら小さなグループに分かれていました。のんびりした雰囲気でぐっすり寝てる人もいて、そういう参加も有りかと妙に納得。スタッフが笑顔でメンバーを支えている姿勢が印象に残りました。

それからまるでcocoせせらぎの同窓会みたいに、お二人の部屋をみんなでワイワイガヤガヤと訪問させてもらい、お二人が快適にくらしておられる様子に嬉しくなりました。

デイサービスでは自宅からの送迎付で緩やかなプログラム、昼食、入浴、見守りがあり 朝から夕方まで安心安全に過ごせます。

しかし、現在のcocoせせらぎでの生活とはずいぶん違った時間の流れがあることを実感し、できるだけ今を大切に努力して維持したいものだとの思いを新たにしました。反面、年を重ね一人での外出、食事作り、入浴などに困難が出た時はデイサービスは重要な選択肢だと思うことができました。

今回の見学では気づきが多く 行って良かったと思いました。   (入居者:石 ) 

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せせらぎ遊歩道に咲くセージの花

cocoせせらぎに暮らして       2025・9・30

せせらぎ生活3ヶ月

2025・9・30

6月16日 JR南武線「武蔵中原駅」に下車し 「cocoせせらぎ」での生活の第一歩を踏み出しました。それから早3ヶ月余りが経過しました。これから4つの観点から気づいたことを記していきます。①びっくりしたこと ②感動したこと ③すばらしい景色を目にしたこと ④人生で初の出来事・・・を順を追って述べてみたいと思います。

①「cocoせせらぎ」で多くの人々と出会って 女性の多さに驚きました。入居者はもちろん スタッフ 運営委員の人たちを合わせて 男性は数人にすぎません。かつて就職してからというもの 大半は男子高校生ばかり相手の職場だったことも影響しているかもしれません。大丈夫かな とちょっと心配になりましたが 一週間も経たないうちにそれが杞憂であることがわかりました。戸惑うことが多く 入居者の皆さんに助けてもらいました。部屋のレイアウトの際のクギの打ち方を始め  諸手続きのために区役所へのバスでの案内 通院先への徒歩での道案内 そして家具を購入するにあたっての手助け 夕食後の後片付けの仕方・・・etc   たくさんの親切のオンパレードでした。「cocoせせらぎ」のモットーである自立と共生のうち 共生を実感いたしました。

②夕食は感動の連続でした。食堂で一堂に会し 互いの安否確認をします。次に食前の体操開始です。耳の運動につづき「パタカラ・パタカラ・・・」と10回唱えて  嚥下がスムーズになるよう口の運動です。「いただきます」と 心を込めて作ってくださったスタッフの方に感謝を込めて食事開始です。熱々のみそ汁とご飯 ボリュームのある数々のおかず 漬物 デザートと並びます。手作りの家庭の味で しみじみ幸せを感じるひとときです。毎日これからも美味しい食事が続くと思うと 楽しみで待ち遠しい限りです。

③「cocoせせらぎ」の住環境の良さ 特にすぐ目の前の全長2500mの「江川せせらぎ遊歩道」は圧巻です。せせらぎの流れに沿って木道が整備されています。近隣住民の有志の方々がボランティアで手入れをされているそうです。私は医師から血糖値上昇防止のため 食後の運動をするようアドバイスされているので 私にとっては絶好の散歩コースです。ここには桜 百日紅のようなたくさんの大木が木陰を作ってくれます。また紫陽花をはじめとする季節の花々が咲き乱れ 別天地にいるようです。健康のためにこれからも長く利用したいと思います。

④去る9月10日のことです。ラジオやテレビで川崎市が線状降水帯の通過コースになっていると報道されていました。案の定 1時半頃から雲行きが怪しくなってきて 突然大雨が降り出しました。あっという間に大変なことになっていました。まずせせらぎの流れも遊歩道も一面水に隠れて 見分けがつきません。さらには両 側の車道も川になっていました。せせらぎをはさんで向かい側にあるドラッグストアの駐車場も池になっており 駐車中の車がタイヤまで水没状態という 日常とは全く異なる様相を呈していました。あと10分もこのまま降り続いたらと考えると つくづく自然の脅威を肌で感じさせられました。「今まで経験したことのない・・・」というセリフを他人事のように耳にしていた私ですが 改めて地球の異変を痛感した出来事でした。 20250911_155041

(ドラッグストアも道も水びたしの9月1日の風景)

最後になりますが 夕食時における入居者間のふれ合いは 1日のしめくくりとして適度な刺激になっています。ただ欲を言えば なるべく全員が参加する行事を増やし(できたらサークルも)交流を活発にする。年を重ねても 体が不自由になっても 各部屋にこもりっきりにならない工夫が必要ではないかと考えています。

また たとえ物の考え方 主義 主張が異なっても それを互いに認め合って 自由に意見を言い より一層わだかまりのない友好的なグループリビングにしたいな と望んでいます。                          (入居者・義)

 

cocoせせらぎに暮らして    2025・8・20

cocoせせらぎに入居して

2025・8・20

かねて念願だった「特別非営利活動法人川崎北部グループリビングcocoせせらぎ」への入居が実現しました。 目下 その幸せを噛みしめているところです。思い返せば数年前(それもかなり前)親友がある新聞紙上にのったせせらぎの記事を送ってくれたことが ここの住まいを知るきっかけでした。その後 婦人之友社が発行しているシニア向けの月刊雑誌「明日の友」に 終のすみか特集の記事がのっていました。特別養護老人ホーム(特養) 有料老人ホーム サービス付高齢者向け住宅8(サ高住)等 既存のホームの他に グループリビングという新しい第三のシニア用の住まい方が詳細に紹介されていました。これこそが私の求めていた理想の終の住まい方なのだと 意を強くしました。早速「せせらぎ」の当時の責任者に連絡を取り 今日に至りました。私とせせらぎの事情や都合で 入居が決まるまでかなりの年月を費やしました。入居前には子どもたちに了承をとりました。娘は「お母さんの考えにぴったりの所が見つかってよかったね。自分の人生なのだから いいと思う道にどんどん進めばいいんだよ」と背中を押してくれました。こうして夫と二人で ようやく長年の夢が実現しました。

「cocoせせらぎ」と名称がつけられているように 建物のすぐ前には「江川遊歩道」という散歩道が川崎市によって整備されており 絶好の環境に恵まれています。都会の中心にこのようにスケールの大きい遊歩道が設置されていること自体 大きな驚きです。川幅50センチから場所によっては3メートルくらい 深さは数10センチの浅瀬に 可愛いカルガモの親子がのんびりと泳いでいます。遊歩道の両側には ボランティアの市民の方々の手によって手入れされている数多くの花や樹木がきれいに生い繁っています。青・紫・ピンクのアジサイ 特に私のお気に入りの千日紅やランタナ 山ユリ ホタルブクロ イヌフグリ カンナ ケイトウ コスモス キク・・・etc    樹木では 桜 ヤマボウシ サルスベリ トチノキ 梅 コブシ ハナミズキ モミジ カエデ・・・etc と枚挙にいとまがないほど多種多様です。遊歩道は木道 石畳 小石を固めた所といろいろで 変化に富み 工夫がされています。車椅子やベビーカーはもちろん  ウォーキングする人々で一日中賑わっています。私も朝夕 せっせと楽しみつつウォーキングに励んでおります。往復を約1時間ほどで完歩できます。

最後にここでの住まい方です。お部屋は14畳のワンルームです。ミニキッチン 車椅子も対応可能な広いトイレ それにベランダ付きです。朝食 昼食は各自準備してお部屋でとります。夕食は1Fの食堂で一堂に会し  美味しくボリュームたっぷりの手づくりの家庭料理が提供されます。近所に住まいの それも料理が趣味でかつ上手という女性スタッフの方々が 腕をふるってくださいます。このほか事務や共用部分・外回りの清掃をスタッフとして また家庭菜園をボランティアとして支えてくださっている方々がいます。20250808_180102

私がここを選択した最大の理由は 営利を目的としないNPO法人であること 自立と共生をうたっていること そして夕食の美味しさにひかれたことです。これまで数回体験入居をして 夕食の手づくりのよさ 美味しさは体験済みでした。20250709_180333

また日常生活のことでも 入居者間の話し合いで進めていき 決めたことはみんなで守るという 極めて民主的な方法で運営されています。自立と共生に関しては たとえ体が不自由になって思うように行動できなくなったとしても いろいろな事がらを決断するのは自分自身であること そして困っている時はお互いに助け合って 最後までここでの暮らしを続けること等 私としては共感できることが多々あります。ここの住民になった以上 これからさらに生活しやすく 生き生きとした毎日が送れるよう 皆んなと力を合わせて努めていくことが私の課題であると考えています。                     (入居者・玲)

 

cocoせせらぎに暮らして    2025・8・10

真の「自立と共生」を求めて  〜〜佐々木 炎先生の講演〜〜

cocoせせらぎが「自立と共生」の看板を掲げてすでに11年 今年8月で12年目を迎えようとしています。「自立と共生」はほんとに実現できているでしょうか?

昨年 入居者有志が「なんとか最期までここで暮らしたいね」と一年間かけて勉強会をもってきた「終の住処プロジェクト」 回を追うごとに私たちは自立と共生の大切さを感じてきました。その記録を読まれた前田前理事長は「自立と共生」を今一歩深めるために「真の自立とは? 真の共生とは?」というテーマで講演会を開きたいと企画され 総会で可決されました。そこで今までもよく来てくださっている介護事業所ホッとスペースの所長であり キリスト教会の牧師でもある佐々木炎先生をお迎えしました。

暑い最中の17日でしたが 介護度が進んでcocoせせらぎからホッとスペースの介護施設に移った I さん O さんも お話を聞くために一緒にやってきて・・・約20名の参加ではじまりました。

『「皆さん 自立とはどのような状態を指すでしょうか?」

自立とは 自分のことは自分で賄う「自助・自己責任」のことではない。

真の自立とは 他人の意向ではなく 自分の意思や価値観に従って行動する「自律」の状態を指す。年をとって体が動かなくなっても自分らしく 自分の判断で生きていくことが真の自立です。

一方 人間は自分の人生をまっとうするためには 他者への依存がなければ生きられない存在である。(同時に人間は他者を支援する存在でもある。)                    人間として自立するとは 依存先を多くもつこと ということを憶えてほしい。

 

「では真の共生とは どういうことを指すのでしょうか?」

人は傷つきやすい存在で ときに倒れることがある。そのとき

① 自分でなんとか解決するのが自助

② 介護保険など公共サービスに助けを求めるのが共助

③ 生活保護など行政の支援にたよるのが公助・・・この三つの方法があるが

経済的に衰退している今の日本で この三つはどんどん縮小していっている。そして4つ目の方法として 互助(家族を超えたコミュニティー内での支え合い)が今求められるようになってきている。

人口の約半数が孤独・孤立を抱えている日本 6割が生活が苦しいと訴えている日本 そして助けが必要な人ほど支援を要請しない日本。誰かに頼る力(受援力)が必要な状態なのに 日本の今の社会は「頼る力」が弱い。人間は「助けて!」と周りの人に言って コミュニティーのなかで支援しあうことができる存在だ。

これまで人間関係をなんとか保ってきた「地縁」「血縁」「社縁」が弱まっていくなかで cocoせせらぎは家族を超えて メンバーそれぞれが抱える情けなさも共有しながら お互い仲良しの関係ではなくても 安心して自分らしくいられる場所をつくりだしてきた。この安心できる場所を地域にまで広げて 地域のなかで困っているたくさんの人への支援を発信できるcocoせせらぎになってほしい。』 20250429_160950

せせらぎの川で生まれた小ガモたちが元気に泳いでいます

先生は ご自分の介護事業所や施設での経験を交えて 自立と共生という抽象的で分かりにくいテーマを なじみやすい言葉で40~50分話してくださいました。私たちはそのあと cocoせせらぎで共に生活している実感 地域に生かされている活動など 思い思いに感想を語りあって 和やかな時間を過ごすことができました。佐々木先生 いつもながらお忙しいところ時間を作ってお話しくださり 本当にありがとうございました。

開設メンバーの大きな志によって建てられたcocoせせらぎ・・・それを私たちはどのように継承していけるでしょうか。真の自立とは? 真の共生とは? いつも宿題のように胸の中に思いながら少しずつでも進んでいきたいと思います。             (入居者・土)

 

cocoせせらぎに暮らして   2025・7・15

心にしみた「別れのうた」 

7月1日お別れ会 兼 歓迎会 兼 退院祝い     2025・7・15

Oさんが「最近 忘れっぽくて・・・」とよく嘆いていたのですが ご縁のある介護事業所が運営するホームに移ることをご家族が判断され・・・7月1日の夕食はOさんのお別れ会となりました。そして同時に 入居して2週間ほどのWさんご夫妻を歓迎し もう一人Nさんの無事退院もお祝いしました。

当日 調理担当スタッフさんは O さんの大好きなお赤飯や茶碗蒸し フルーツポンチなど彩りも美しい夕食を用意 ワインやビールも加わってにぎやかな会となりました。20250701_180106

Oさんが「3年間 お世話になりました」と挨拶をはじめると「ちがうよ ちがうよ もう6年たってるよ」「コロナの前に入ったじゃない」「あら そうだったかしらね ここに来てもうそんなに経つ? あぁ なんだか涙が出てしまう・・・」 

私たちもOさんと遊歩道を散歩したり 一緒にバス旅行に行ったり マージャンをしたり いつも笑顔でなごやかな会話を絶やさないOさんが ほんとにここからいなくなっちゃうんだなぁ・・・としんみりしてしまいました。    「でも歩いても行けるくらい近い所だから また会えるね」「うん ときどき来ますね」

Wさんご夫妻はそれぞれ入居のご挨拶 夫のYさんは「妻の後についてここに来たけど もうすっかり慣れました 毎日この辺りを探索して歩き回っています」 妻のRさん「なかなか空きがなかったけど やっと憧れのせせらぎにやってきました これからよろしくお願いします」と。お二人ともお人柄のせいか 二週間という期間で周りの人とすっかり馴染んで あっという間にせせらぎの住人になられました。

もう一人 夜中に腹痛で緊急入院したNさん 一週間の治療で元気な笑顔をとりもどし食欲も出てきて「皆さんにはご心配をおかけしました」と言いながら 今夜はワイン好きのNさんに戻っていました。

「別れるのは寂しい! こんなときは歌がいいよね」と いつもは静かなTさんが自分から言いだしました。「そうだそうだ」「もっとビール注ごうか?」「Tさん ぜひ歌って!!」の声にうながされて歌いはじめたのが むかし聞いてかすかに耳に残っているメロディー・・・深く静かな声で 酔いもはいってか少し震えるくぐもった声で別れの歌を。辛口で規律を重んじるいつものTさんが こんなに優しい声でOさんとの別れをうたっている 私はなんか涙が出そうになりました。

Tさんの歌につられて お食事担当の美声スタッフさんも 恥ずかしがり屋の男性Mさんも 新しくはいった Yさんもつぎつぎ歌って・・・和やかなお別れ会でした。

後日 Tさんに「別れのうた すごくよかった! 私のときにも歌ってね」と頼んだら「どのお別れさ?」と言うので「もちろん 大きな箱に入れられてここから出て行くときよ」・・・「あー わかった OK ! 」

(入居者・土)