cocoせせらぎに暮らして   2026・1・30

残り毛糸で 

2026・1・30

暑いあいだは触りたくもない毛糸ですが 暖房がうれしい寒さがやってくると つい残り毛糸の袋に手がいきます。

袋の中からは・・・娘のセーターを編んでもらった残りのまだら色 なにかを編むつもりで買っておいたえんじ色たくさん 友だちにマフラーを編んだ砂色 何に使ったか忘れた青 グリーン ピンク 白・・・太いの20251225_201612 細いの 羊毛 ポリエステル 綿 モヘヤ 素材も色もちがう毛糸の玉がコロコロ飛び出してきました。ホットカーペットの上で昔のことを思い出しながら あの色この色 取り合わせてみて  なにを編もうかな~ ボンヤリ考えるたのしい時間。

やっぱりベレー帽かな? ベレーが好きでグレーのフランネルのは持っているけど 地味なコートを着た時にはパッと明るい色のベレーが欲しい! そう思って 袋の中からえんじ色 ピンク 赤 オレンジ 紫 白・・・いろいろ取りだしてみました。合わせていくうちに なんとなく素敵なベレー帽が頭に浮かんだので さっそくえんじ色と白を合わせてクルクルと短編みを編みはじめました。

どれも少量しかない残り毛糸の玉・・・次はどの色を取り合わせようかな~ えんじの輪のとなりは娘のセーターの残り糸かな?

編み物を習ったこともなく自己流です。既製品のフランネルベレー帽に合わせてみたり 自分の頭に載せたりして  合わないと解いたり足したり減らしたり・・・なにも考えずにふわふわの毛糸に触りながら過ごす冬の日は なんて幸せでしょう。20251230_090635

年をとってこんな穏やかな日がくるなんて思ってもいませんでした。若い間は休みというと 両手はたまっていた家事で大忙し  頭の中も休み明けの仕事のこと 子どものこと 周りとの付き合いのあれこれに気を使って ボーッとするどころではなく・・・ちょっと新聞を読もうかなとソファに座った途端 よく眠ってしまったものです。

仕事なし家事なし子育てなしの今 あたたかい部屋でホッとして編み物。窓からはあたたかい光がはいってきて 疲れると紅茶を飲んだりCDをかけたり・・・いつの間にか赤い毛糸は全部使いおわり 紫と白も帽子のなかに溶けていきました 思い出も一緒に編み込みました。私の人生に連れ添ってくれた残り毛糸たち こうして一玉一玉なくなっていきます。                          (入居者・土)

cocoせせらぎに暮らして   2025・12・15

墓じまい

74歳                                          昨年脳梗塞になり、いろいろ                               考えた上、元気なうちに、墓じまい                            をしようと思いました。                                 祖父、祖母、父、母には申し訳                              ないが私も独り者でお墓を、このままに                          しておくわけには行かず残念ですが、                           墓じまいをすることにしました。15977540017886

 

 

 

 

樹木葬

また樹木葬に私最後の住処を              確保しました。ペット東大理一             東大くんもいっしょデスヨ(入居者・町)

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cocoせせらぎに暮らして  2025・11・10

デイサービス見学に行きました

2025・11・10

退居された方から いつもお世話になっている介護事業所との交流会のお知らせをいただき 総勢7人である日のデイサービス見学に行ってきました。

デイスタッフによる車の送迎付きという有難い申し出に 私たちもいつかはお世話になるかもしれないと勉強がてら、、、そして気持もワクワクしました。

ほんの少しでも自分の目で見ておくのは重要だと思うのです。

その介護事業所は介護保険のケアマネ部門、訪問介護、デイサービスのみならず地域の子育て支援、子ども支援、障がい者支援、グループホームなど 住みよい地域を目ざして幅広い活動を展開しているNPO法人です。日曜日にはキリスト教の教会になります。

cocoせせらぎでも日常生活を支えてもらう人が年々増えて、こことは切っても切れない有難い存在です。

以前cocoせせらぎからもデイサービスに通う人がいましたが、その事業所に住み替えされたので、そのお二人に会うのも今回の見学の楽しみでした。

午後のプログラムの途中からおじゃまして私は音楽の仲間に参加、トーンチャイムを手にしてメンバーやスタッフさんに助けられて演奏を楽しみました。

以前コーラスサークルで練習したことがあったので、そうそうこんな感じだったと懐かしく思い出しました。

自分の好みのグループを選び参加できるとのこと、音楽、お料理、麻雀やぬりえ、編み物などがあり、スタッフが世話をしながら小さなグループに分かれていました。のんびりした雰囲気でぐっすり寝てる人もいて、そういう参加も有りかと妙に納得。スタッフが笑顔でメンバーを支えている姿勢が印象に残りました。

それからまるでcocoせせらぎの同窓会みたいに、お二人の部屋をみんなでワイワイガヤガヤと訪問させてもらい、お二人が快適にくらしておられる様子に嬉しくなりました。

デイサービスでは自宅からの送迎付で緩やかなプログラム、昼食、入浴、見守りがあり 朝から夕方まで安心安全に過ごせます。

しかし、現在のcocoせせらぎでの生活とはずいぶん違った時間の流れがあることを実感し、できるだけ今を大切に努力して維持したいものだとの思いを新たにしました。反面、年を重ね一人での外出、食事作り、入浴などに困難が出た時はデイサービスは重要な選択肢だと思うことができました。

今回の見学では気づきが多く 行って良かったと思いました。   (入居者:石 ) 

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せせらぎ遊歩道に咲くセージの花

cocoせせらぎに暮らして       2025・9・30

せせらぎ生活3ヶ月

2025・9・30

6月16日 JR南武線「武蔵中原駅」に下車し 「cocoせせらぎ」での生活の第一歩を踏み出しました。それから早3ヶ月余りが経過しました。これから4つの観点から気づいたことを記していきます。①びっくりしたこと ②感動したこと ③すばらしい景色を目にしたこと ④人生で初の出来事・・・を順を追って述べてみたいと思います。

①「cocoせせらぎ」で多くの人々と出会って 女性の多さに驚きました。入居者はもちろん スタッフ 運営委員の人たちを合わせて 男性は数人にすぎません。かつて就職してからというもの 大半は男子高校生ばかり相手の職場だったことも影響しているかもしれません。大丈夫かな とちょっと心配になりましたが 一週間も経たないうちにそれが杞憂であることがわかりました。戸惑うことが多く 入居者の皆さんに助けてもらいました。部屋のレイアウトの際のクギの打ち方を始め  諸手続きのために区役所へのバスでの案内 通院先への徒歩での道案内 そして家具を購入するにあたっての手助け 夕食後の後片付けの仕方・・・etc   たくさんの親切のオンパレードでした。「cocoせせらぎ」のモットーである自立と共生のうち 共生を実感いたしました。

②夕食は感動の連続でした。食堂で一堂に会し 互いの安否確認をします。次に食前の体操開始です。耳の運動につづき「パタカラ・パタカラ・・・」と10回唱えて  嚥下がスムーズになるよう口の運動です。「いただきます」と 心を込めて作ってくださったスタッフの方に感謝を込めて食事開始です。熱々のみそ汁とご飯 ボリュームのある数々のおかず 漬物 デザートと並びます。手作りの家庭の味で しみじみ幸せを感じるひとときです。毎日これからも美味しい食事が続くと思うと 楽しみで待ち遠しい限りです。

③「cocoせせらぎ」の住環境の良さ 特にすぐ目の前の全長2500mの「江川せせらぎ遊歩道」は圧巻です。せせらぎの流れに沿って木道が整備されています。近隣住民の有志の方々がボランティアで手入れをされているそうです。私は医師から血糖値上昇防止のため 食後の運動をするようアドバイスされているので 私にとっては絶好の散歩コースです。ここには桜 百日紅のようなたくさんの大木が木陰を作ってくれます。また紫陽花をはじめとする季節の花々が咲き乱れ 別天地にいるようです。健康のためにこれからも長く利用したいと思います。

④去る9月10日のことです。ラジオやテレビで川崎市が線状降水帯の通過コースになっていると報道されていました。案の定 1時半頃から雲行きが怪しくなってきて 突然大雨が降り出しました。あっという間に大変なことになっていました。まずせせらぎの流れも遊歩道も一面水に隠れて 見分けがつきません。さらには両 側の車道も川になっていました。せせらぎをはさんで向かい側にあるドラッグストアの駐車場も池になっており 駐車中の車がタイヤまで水没状態という 日常とは全く異なる様相を呈していました。あと10分もこのまま降り続いたらと考えると つくづく自然の脅威を肌で感じさせられました。「今まで経験したことのない・・・」というセリフを他人事のように耳にしていた私ですが 改めて地球の異変を痛感した出来事でした。 20250911_155041

(ドラッグストアも道も水びたしの9月1日の風景)

最後になりますが 夕食時における入居者間のふれ合いは 1日のしめくくりとして適度な刺激になっています。ただ欲を言えば なるべく全員が参加する行事を増やし(できたらサークルも)交流を活発にする。年を重ねても 体が不自由になっても 各部屋にこもりっきりにならない工夫が必要ではないかと考えています。

また たとえ物の考え方 主義 主張が異なっても それを互いに認め合って 自由に意見を言い より一層わだかまりのない友好的なグループリビングにしたいな と望んでいます。                          (入居者・義)

 

cocoせせらぎに暮らして    2025・8・20

cocoせせらぎに入居して

2025・8・20

かねて念願だった「特別非営利活動法人川崎北部グループリビングcocoせせらぎ」への入居が実現しました。 目下 その幸せを噛みしめているところです。思い返せば数年前(それもかなり前)親友がある新聞紙上にのったせせらぎの記事を送ってくれたことが ここの住まいを知るきっかけでした。その後 婦人之友社が発行しているシニア向けの月刊雑誌「明日の友」に 終のすみか特集の記事がのっていました。特別養護老人ホーム(特養) 有料老人ホーム サービス付高齢者向け住宅8(サ高住)等 既存のホームの他に グループリビングという新しい第三のシニア用の住まい方が詳細に紹介されていました。これこそが私の求めていた理想の終の住まい方なのだと 意を強くしました。早速「せせらぎ」の当時の責任者に連絡を取り 今日に至りました。私とせせらぎの事情や都合で 入居が決まるまでかなりの年月を費やしました。入居前には子どもたちに了承をとりました。娘は「お母さんの考えにぴったりの所が見つかってよかったね。自分の人生なのだから いいと思う道にどんどん進めばいいんだよ」と背中を押してくれました。こうして夫と二人で ようやく長年の夢が実現しました。

「cocoせせらぎ」と名称がつけられているように 建物のすぐ前には「江川遊歩道」という散歩道が川崎市によって整備されており 絶好の環境に恵まれています。都会の中心にこのようにスケールの大きい遊歩道が設置されていること自体 大きな驚きです。川幅50センチから場所によっては3メートルくらい 深さは数10センチの浅瀬に 可愛いカルガモの親子がのんびりと泳いでいます。遊歩道の両側には ボランティアの市民の方々の手によって手入れされている数多くの花や樹木がきれいに生い繁っています。青・紫・ピンクのアジサイ 特に私のお気に入りの千日紅やランタナ 山ユリ ホタルブクロ イヌフグリ カンナ ケイトウ コスモス キク・・・etc    樹木では 桜 ヤマボウシ サルスベリ トチノキ 梅 コブシ ハナミズキ モミジ カエデ・・・etc と枚挙にいとまがないほど多種多様です。遊歩道は木道 石畳 小石を固めた所といろいろで 変化に富み 工夫がされています。車椅子やベビーカーはもちろん  ウォーキングする人々で一日中賑わっています。私も朝夕 せっせと楽しみつつウォーキングに励んでおります。往復を約1時間ほどで完歩できます。

最後にここでの住まい方です。お部屋は14畳のワンルームです。ミニキッチン 車椅子も対応可能な広いトイレ それにベランダ付きです。朝食 昼食は各自準備してお部屋でとります。夕食は1Fの食堂で一堂に会し  美味しくボリュームたっぷりの手づくりの家庭料理が提供されます。近所に住まいの それも料理が趣味でかつ上手という女性スタッフの方々が 腕をふるってくださいます。このほか事務や共用部分・外回りの清掃をスタッフとして また家庭菜園をボランティアとして支えてくださっている方々がいます。20250808_180102

私がここを選択した最大の理由は 営利を目的としないNPO法人であること 自立と共生をうたっていること そして夕食の美味しさにひかれたことです。これまで数回体験入居をして 夕食の手づくりのよさ 美味しさは体験済みでした。20250709_180333

また日常生活のことでも 入居者間の話し合いで進めていき 決めたことはみんなで守るという 極めて民主的な方法で運営されています。自立と共生に関しては たとえ体が不自由になって思うように行動できなくなったとしても いろいろな事がらを決断するのは自分自身であること そして困っている時はお互いに助け合って 最後までここでの暮らしを続けること等 私としては共感できることが多々あります。ここの住民になった以上 これからさらに生活しやすく 生き生きとした毎日が送れるよう 皆んなと力を合わせて努めていくことが私の課題であると考えています。                     (入居者・玲)

 

cocoせせらぎに暮らして    2025・8・10

真の「自立と共生」を求めて  〜〜佐々木 炎先生の講演〜〜

cocoせせらぎが「自立と共生」の看板を掲げてすでに11年 今年8月で12年目を迎えようとしています。「自立と共生」はほんとに実現できているでしょうか?

昨年 入居者有志が「なんとか最期までここで暮らしたいね」と一年間かけて勉強会をもってきた「終の住処プロジェクト」 回を追うごとに私たちは自立と共生の大切さを感じてきました。その記録を読まれた前田前理事長は「自立と共生」を今一歩深めるために「真の自立とは? 真の共生とは?」というテーマで講演会を開きたいと企画され 総会で可決されました。そこで今までもよく来てくださっている介護事業所ホッとスペースの所長であり キリスト教会の牧師でもある佐々木炎先生をお迎えしました。

暑い最中の17日でしたが 介護度が進んでcocoせせらぎからホッとスペースの介護施設に移った I さん O さんも お話を聞くために一緒にやってきて・・・約20名の参加ではじまりました。

『「皆さん 自立とはどのような状態を指すでしょうか?」

自立とは 自分のことは自分で賄う「自助・自己責任」のことではない。

真の自立とは 他人の意向ではなく 自分の意思や価値観に従って行動する「自律」の状態を指す。年をとって体が動かなくなっても自分らしく 自分の判断で生きていくことが真の自立です。

一方 人間は自分の人生をまっとうするためには 他者への依存がなければ生きられない存在である。(同時に人間は他者を支援する存在でもある。)                    人間として自立するとは 依存先を多くもつこと ということを憶えてほしい。

 

「では真の共生とは どういうことを指すのでしょうか?」

人は傷つきやすい存在で ときに倒れることがある。そのとき

① 自分でなんとか解決するのが自助

② 介護保険など公共サービスに助けを求めるのが共助

③ 生活保護など行政の支援にたよるのが公助・・・この三つの方法があるが

経済的に衰退している今の日本で この三つはどんどん縮小していっている。そして4つ目の方法として 互助(家族を超えたコミュニティー内での支え合い)が今求められるようになってきている。

人口の約半数が孤独・孤立を抱えている日本 6割が生活が苦しいと訴えている日本 そして助けが必要な人ほど支援を要請しない日本。誰かに頼る力(受援力)が必要な状態なのに 日本の今の社会は「頼る力」が弱い。人間は「助けて!」と周りの人に言って コミュニティーのなかで支援しあうことができる存在だ。

これまで人間関係をなんとか保ってきた「地縁」「血縁」「社縁」が弱まっていくなかで cocoせせらぎは家族を超えて メンバーそれぞれが抱える情けなさも共有しながら お互い仲良しの関係ではなくても 安心して自分らしくいられる場所をつくりだしてきた。この安心できる場所を地域にまで広げて 地域のなかで困っているたくさんの人への支援を発信できるcocoせせらぎになってほしい。』 20250429_160950

せせらぎの川で生まれた小ガモたちが元気に泳いでいます

先生は ご自分の介護事業所や施設での経験を交えて 自立と共生という抽象的で分かりにくいテーマを なじみやすい言葉で40~50分話してくださいました。私たちはそのあと cocoせせらぎで共に生活している実感 地域に生かされている活動など 思い思いに感想を語りあって 和やかな時間を過ごすことができました。佐々木先生 いつもながらお忙しいところ時間を作ってお話しくださり 本当にありがとうございました。

開設メンバーの大きな志によって建てられたcocoせせらぎ・・・それを私たちはどのように継承していけるでしょうか。真の自立とは? 真の共生とは? いつも宿題のように胸の中に思いながら少しずつでも進んでいきたいと思います。             (入居者・土)

 

cocoせせらぎに暮らして   2025・7・15

心にしみた「別れのうた」 

7月1日お別れ会 兼 歓迎会 兼 退院祝い     2025・7・15

Oさんが「最近 忘れっぽくて・・・」とよく嘆いていたのですが ご縁のある介護事業所が運営するホームに移ることをご家族が判断され・・・7月1日の夕食はOさんのお別れ会となりました。そして同時に 入居して2週間ほどのWさんご夫妻を歓迎し もう一人Nさんの無事退院もお祝いしました。

当日 調理担当スタッフさんは O さんの大好きなお赤飯や茶碗蒸し フルーツポンチなど彩りも美しい夕食を用意 ワインやビールも加わってにぎやかな会となりました。20250701_180106

Oさんが「3年間 お世話になりました」と挨拶をはじめると「ちがうよ ちがうよ もう6年たってるよ」「コロナの前に入ったじゃない」「あら そうだったかしらね ここに来てもうそんなに経つ? あぁ なんだか涙が出てしまう・・・」 

私たちもOさんと遊歩道を散歩したり 一緒にバス旅行に行ったり マージャンをしたり いつも笑顔でなごやかな会話を絶やさないOさんが ほんとにここからいなくなっちゃうんだなぁ・・・としんみりしてしまいました。    「でも歩いても行けるくらい近い所だから また会えるね」「うん ときどき来ますね」

Wさんご夫妻はそれぞれ入居のご挨拶 夫のYさんは「妻の後についてここに来たけど もうすっかり慣れました 毎日この辺りを探索して歩き回っています」 妻のRさん「なかなか空きがなかったけど やっと憧れのせせらぎにやってきました これからよろしくお願いします」と。お二人ともお人柄のせいか 二週間という期間で周りの人とすっかり馴染んで あっという間にせせらぎの住人になられました。

もう一人 夜中に腹痛で緊急入院したNさん 一週間の治療で元気な笑顔をとりもどし食欲も出てきて「皆さんにはご心配をおかけしました」と言いながら 今夜はワイン好きのNさんに戻っていました。

「別れるのは寂しい! こんなときは歌がいいよね」と いつもは静かなTさんが自分から言いだしました。「そうだそうだ」「もっとビール注ごうか?」「Tさん ぜひ歌って!!」の声にうながされて歌いはじめたのが むかし聞いてかすかに耳に残っているメロディー・・・深く静かな声で 酔いもはいってか少し震えるくぐもった声で別れの歌を。辛口で規律を重んじるいつものTさんが こんなに優しい声でOさんとの別れをうたっている 私はなんか涙が出そうになりました。

Tさんの歌につられて お食事担当の美声スタッフさんも 恥ずかしがり屋の男性Mさんも 新しくはいった Yさんもつぎつぎ歌って・・・和やかなお別れ会でした。

後日 Tさんに「別れのうた すごくよかった! 私のときにも歌ってね」と頼んだら「どのお別れさ?」と言うので「もちろん 大きな箱に入れられてここから出て行くときよ」・・・「あー わかった OK ! 」

(入居者・土)

 

cocoせせらぎに暮らして     2025・5・15

江戸の長屋と cocoせせらぎと。。

2025・5・15

桜がもう散りはじめるかと思われる4月はじめ お江戸の花見ってどんなだったんだろう・・・と隅田川のそば 両国方面に出かけました。川沿いの桜をながめ 江戸時代から名物のアサリご飯をお昼に食べたあと 深川江戸資料館にも足を向けてみました。前から江戸時代の長屋生活になぜか親しみを感じていて そういう暮ら しが展示されているらしい深川の資料館に一度行ってみたいと思っていたのです・・・ここならお江戸の庶民の生活の匂いが残っているかなと。

さて建物に入ってみるといきなり広い下り階段越しに 地下に実物大の江戸の町並みが広がっていました。20250416_222320(0)#1

八百屋 蔵を構えている肥料屋 米屋 船宿 細い運河で物資を運ぶ猪牙舟(チョキブネ)茶屋 天秤棒で商う棒手振り・・・などが表通りに その奥にお目当の”お江戸の長屋”が並んでいました。

長屋は夫婦者用の6畳間か 独り者用の4畳半か だいたい大きさはこの二つと決まっていたようで 着るものも一枚きりなのでタンスは不要 布団も折りたたんで部屋の隅に積むので押し入れもナシ カマドと水がめと流しの簡素な水場があり 煮炊きはおもに外で・・・これ以上ないほどのシンプルな暮らしがありました。

共用スペースとして10軒に一つほどの井戸端があって みんなで顔を洗ったり洗濯しながらおしゃべりし ゴミ捨て場と厠も共同です。(これらの実物大模型は 時代劇の大道具・小道具さんが作成したそうで 台所用品から室内の小道具まで とても精巧にできていました。)

今から150年~200年前の東京・深川・佐賀町の人々の暮らし・・・井戸端やトイレを一緒に使っているうちに人情が湧き 愚痴を言いあったり 自慢話を聞いてあげたり おたがいの子どもの面倒を見たり お醤油の貸し借り ちょっとしたお惣菜が行ったり来たり・・・この長屋模型を見ているうちに 要らぬおせっかいは焼かないけど ほどよくおせっかいを焼きあう お江戸長屋の人間模様が見えてくるような気がしました。

一方cocoせせらぎです。はじめて見学にきたとき 2階3階に5部屋ずつ ずらっと同じような部屋が並んでいて 小さな台所はシンプル あら~ これは令和(あ、まだ平成でした)の長屋だわー と気に入ったことを思い出しました。でも江戸の長屋とちがって部屋は14畳もありました トイレ・ドレッサー・ベランダもついているし 上等!  10年間の一人暮らしで一日誰とも喋らない日もあって孤独だった私は 独り者長屋のようなせせらぎが気にいって入居しました。

同じ屋根の下 生まれも育ちもちがい学友でも同僚でもボランティア・趣味の仲間でもない まったくの赤の他人10人 好き嫌いもあるし合う合わないもある10人が どのようにコミュニケーションをとりあってきたでしょうか・・・

8年たって 毎夕6時からの夕食の時間が大きな役割を果たしているのでは?と気づきました。昼間は出かけたり部屋でひとり孤独を大事にしているメンバーも 夕 方の1時間だけは食堂に集まって同じ食事をいただく。喋べる人も黙々と食べる人もいろいろだけど 共に食事の時間を過ごすだけでわかってくること・・・それは”人となり”というか 生育歴・職業歴など分からなくても なんとなく立居振舞いから伝わるその人の姿 その人の感じ方のようなもの。

人は家族 恋人 友だち 同僚と共に食べて心も体も養います。一緒に食卓を囲んでいると あー、支えあっているんだなぁという実感が湧いてくるから不思議です。「要らぬお節介は焼かないけど ほどよくお節介を焼く」現代の長屋 気持ちが通じないなぁと思った人も いつの間にか運命共同体のお隣さんに。。。

ほどよく一人ぽっち(自立)で ほどよく共に過ごす(共生)令和の長屋暮らしはなかなか居心地がいいのです。                (入居者・土)

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せせらぎ遊歩道に堂々と咲くベニバナトチノキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若者の親切に心がぽかぽか

2025・5・15

初めて行く会場で観劇の帰りに素敵なことに出会いました

いつもは友だちと誘い合って川崎市内の会場に行くのですが20250217_132203

どうしても都合がつかなかったのです

さりとてチケットを無駄にするのももったいなくて、鎌倉芸術館に1人で行くことにしました

川崎に転居して5年目になり、ようやく東京方面への移動は慣れたと言え鎌倉は初めてです

夕方の開演までの時間を鎌倉駅周辺を巡ることにして、観光案内で教えてもらい大仏様、長谷寺の観音様、鶴岡八幡宮を杖を頼りにバスで回りました

小町通りでは丁度解禁になったしらす丼を昼食にしました 

どこもかしこも外国の人の方が多くて、ニュースでよく聞く多国籍の観光客で溢れている観光地の情報を実体験しました

ちょっと欲張りすぎたかなと急ぎ大船に戻り鎌倉芸術館に急ぎ観劇をしました

終演後また急ぎ大船に戻り、ちょうど到着したJRに飛び乗りました

これでやれやれ!少し疲れたなとぼんやりしていると        20250217_132213

「次は品川」というアナウンスが飛び込んできました

行きは通らない駅でしたから頭はフリーズ どうなってるのと半ばパニック

立っている人に「武蔵小杉に行きたいんだけど、これ停まりますか」と聞きました

「これ東海道線だから通らないと思う」と若い男性が答えてくれました。

エッエッと固まる私

その時若い女性が自分のスマホを見せて、「次の品川で降りて横須賀線で2つ戻れば大丈夫」と

この時間でもその次でも間に合うから、念のため自分のスマホに写メしたらどうかなと教えてくれました 

写真を撮って横須賀線横須賀線とつぶやいていたら、先ほどの男性が僕たちも品川で降りるから、横須賀線乗り場までご案内しましょうと、一緒に降りてくれたのです

私のペースを見てゆっくりでいいですよと声掛けしてくれ、仲間の友だちにちょっと待っててねと言ってホームへの下り口や時間を確認してくれ「ここで大丈夫」と笑顔で送ってくれました

今日は疲れたと思っていたけれど、偶然列車内で出会った若い男女の親切に心がほのぼのして疲れがどこかへ消えていきました

大船駅で横須賀線を待てばよかったようですが、一つの線路にいろいろな路線が通っていることが私の理解を超えていました

心の中がポカポカして、間違えたからこそ素敵な出会いと体験があったとしみじみ思います                           (入居者・石)

 

 

あらためて認知症のこと ~林義亜さんのお話~

2025・6・10 

一年余りをかけて「終の住処プロジェクト」で学んできた私たちにも やはりいちばん心配であり かかる可能性のありそうなのが認知症です 今一度学んでみたいと思っていました。自分自身を考えても 物忘れがひどくなるは鍋は焦がすは またせせらぎを見回すとトンチンカンな場面が多くなって・・・

「こうしてはいられない 具体的に認知症の診断のこと 治療のこと 生活面でのことを知りたい」と。そこでいつもお世話になっている介護事業所ホッとスペース主任ケアマネージャーの林 義亜さんにお話をお願いしたところ 快く受けてくださり あっという間に実現しました。20250519_103605#1

5月19日 入居者8名 普段私たちをサポートしてくださるせせらぎスタッフの皆さんも6名サロンに集まり 林さんのお話がはじまりました。

『現在日本に認知症の人がどれくらいいるか? 470万人だそうです そして認知症初期MCIの人を足すと1030万人 要介護になる原因の第一位は認知症であり認知症の生涯発症率は55%・・・認知症から逃れるにはかなりキビシイ数字です。

その受け皿となる日本社会はどうか・・・今年2025年には戦後のベビーブームで生まれた団塊世代が全員後期高齢者に さらに2040年には第二次ベビーブー

ムの人たちが65歳高齢者に突入・・・ということで 働き手不足 社会保障費不足に向かっている。政府は公助に頼らず自助 互助 共助を!と言っている。でも日本など先進国では家庭崩壊 地域コミュニティー衰退 個人が孤立化していく一方で互助もなかなかむずかしい。そんな時cocoせせらぎはお互い助けあうという理念をもって設立され この場所には希望があると私は思っています。

認知症とは? ある認知症当事者は「過去のことを思いだせず この先どうなるかもわからない・・・ということは 暗い穴の中にいるようなものです。ときどき不安になります 心配でなかなか眠れないこともあります」と表現している。

WHOは認知症を「いったん発達した知能がさまざまな理由で持続的に低下した状態」と定義しているし 上田諭専門医は「認知症とは自己肯定感(自尊心)と役割を失う病である」 認知症スケールを作った長谷川和夫医師は「認知症とは暮らしの障害である」とも定義しています。

暮らしの障害ということは「今までの暮らしができなくなること」と考えると まわりの接し方によって暮らしにくさを軽減できるわけで 「物忘れする困った人」ではなく「自信を失って不安で困ってる人」ととらえて適切なケアをすること つまり「安心感」を与えることが認知症ケアにとっていちばん大切です。

  1. ケアしている側が話すのではなく まずその人の話を聞く(傾聴)
  2. 否定から入らず まず受け止める(受容と共感)
  3. 自信を失っているので まず認め褒める 記憶をなくしても感情は残るので その人の中に「快」を蓄える
  4. あなたのことを気にかけていますよ(care=気にかける)と伝える
  5. ケアへの声かけは 提案またはお願いの形で伝える

ブライデンさんという認知症の方の本から「私たちに自信を与え 抱きしめ 励まし 生きる意味を与えてほしい。私たちがまだできることを認めて尊重し 社会とのつながりを保たせてほしい」という言葉を紹介して 私の話を終わります。』

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その後 林さんを中心にそれぞれ思っていることを自由に話し合いました。

*主人が認知症 四六時中一緒だと自分をコントロールできなくなる。

「そんな時はその場を離れること 良心の呵責を覚えたりすることない 介護す

る側も大切な一人なので 十分に気分転換してほしい。」

*アルツハイマー薬でふらつくなどの副作用が 研究進んで改良されているとか?

「その薬は認めてない国もあるし 結局治せない。ふらつく 転ぶ 意欲がなく

なるなどの暮らしの障害がひどくなる 薬価も高い。たとえ効くといって薬を

飲んで部屋にこもっているより人と接すること大切。個人的には薬優先より

暮らしのあり方を考えたほうがいいと思う。」

*認知症の初期に自分で自覚して診断を受けることは大切か なんとなくわかって

くるのか?

「長谷川スケールで調べて検査の数値がわかっったからって だから何?という

程度のことだと思う。知りたければ診断もいいし薬もいい。でもアルツハイマ

ーの場合病識がないので意味がない。心配なら皆で調べてもらいに行くのもい

いでしょう でも確定診断をもらうことの重要性はあまりない。」

*自分は介護度2だが 認知度はそのうちのどれくらいか わかるものなのか?

「介護度は全体的に測るので 認知症がどのくらいというのは 区役所で開示

してもらって介護保険調査結果を見ることはできる。」

*cocoせせらぎでは認知症になった場合どれくらいまでいられるか?

「その答えは難しい 理事会・事務局の判断もある。でも周囲の接し方で変わっ

ていく。この中だけで助け合ってもムリ 介護保険を存分に活用 外部の空気

や助けを入れることが必要。ライフステージによって自分の居場所を移すこと

それぞれの場所にメリットもありデメリットもあるので 状況に合わせて環境

を変えることは大切。」

*認知症の人の最期は?

「認知症は病名ではないので多機能不全 老衰ということになると思う。しっか

り食べられず体力がなくなり動けなくなる いろんな状態が重なる。」

*自分に自信がなくなった時「あなたこの頃おかしいよ」と周囲の人に言ってもら

いたい また親しい人がそうなったら言ってあげたいが・・・

「それより 私も心配だから一緒に見てもらいに行きましょうと言ったほうがい

いし 診断結果よりもその人の困りごとを減らしてあげたほうがいいと思う。」

今まで知らなかったことも 今知れてよかったね これから少しでもいい接し方ができるかもしれない。またお話にあった5つの項目は まだ認知症になってなくてもいいヒントになって ここでみんなで快適に暮らせるのではないでしょうか・・という司会者の言葉で 今日の会を終わりました。                                                                                                            (入居者・土) 

 

 

cocoせせらぎに暮らして      2025・4・25

私の終活作業 1 2 3

2025・4・25

99才の母を見送ってから私自身の老後を真剣に考えはじめました

子育てと介護を終えると自身の老いにも向きあわねばなりません

地域活動をして、自宅で快適な一人暮らしを予定していたはずでしたが、親友の突然死とコロナが私の価値観を大きく変えました

私が私らしく居られるような住み方はないだろうかと暇にまかせてインターネットを検索して、グループリビングという生き方・cocoせせらぎと出会いました

子どもの住まいと1時間の距離だったのも大いに背中を押してくれました

バリバリの関西人の私が関東で生活するなんてできるかと心配でしたが、住めば都と思い切って移り住むことにしたのでした

[1]大きな移動でしたから、これをチャンスに両親の荷物、私の家財、独立した子供たちが残していったガラクタなどをこれでもかというほど大処分しました

5年経った今、まだ体力気力のある75歳でやってよかったとしみじみ思います 

思い出の品々も母の茶道具も父が集めた焼き物類もお雛様も、あちこちでまた利用していただける行き先に落ち着きました。今なら一括処分の業者に頼んだかもしれません

これが終活作業の第一弾となり、引っ越ししてcocoせせらぎの生活がスタートしました  まったく土地勘もなく、大首都圏の複雑な交通網には足がすくみ外出もままなりません  ときどき京都に帰っては友だちと会い、英気を養いました

3年目になると生活にも慣れ、ここでできた友だちと食事に出かけたり楽しいことが増えました20250419_161231

[2]第二弾は遺言書の作成でした

子どもたちはそれぞれパートナーと暮らしています

私亡き後もいい関係を続けてほしいと、私の気持ち

を公正証書にしたためました

もちろん残ったものがあれば等分してほしいと記しています

[3]これでできることはしたかなと思いましたが、両親から相続した土地の始末があり、これが終活作業の第三弾になりました

(川沿いのハナミズキ)

50年以上前に両親が原野商法に引っかかり北海道の原野に広大な土地を所有していました

母にはあの土地のことは放っておきなさいと言われていましたが、相続登記をしなければならず、私の名義になり私が死ねば子どもたちに相続されます

行ったこともない原野の中にあり、資産価値はゼロです

これは負の連鎖になると思い、私で断ち切ることにしました

おりしも相続土地国庫帰属法ができて国に引き取ってもらえるのではと、またネット検索をしました

現地に行って杭を打つ、写真を撮る、隣土地との境界をはっきりさせるなどなど それをやり遂げる気力ももうありません

これは安心して任せられる専門家を探そうと、テレビやネットの情報に目を凝らしました  たまたまテレビの対談でA弁護士の話を聞きネットで活動の様子を検索してみました  無料法律相談があり予約を入れるとA弁護士と話ができて信用できそうと思いました

結果としては1箇所は土地のある町に寄贈できました、一安心でした

もう1箇所は告知版に出してもらい、貰い受けたいという希望者数人と、電話会議をし その結果土地の近くに住んでいる人に貰ってもらうことができました

司法書士も挟んで名義の変更まできちんとできたのでこれで懸案の土地問題は解決しました

20250418_095557私たちの年代は、親の介護はするけれど、子どもたちに迷惑かけたくないと思う人が多いと思います 私もまさにその通りです 

今回の3回の終活作業を終えてなんだか身が軽くなったようです

まだ気づかない終活作業があるのかもしれませんが、煩わされることは減ったのです

(川沿いの藤の花)

これからもcocoせせらぎで暮らしながら、自分らしくもう少し生きていこうと改めて思います

(入居者・石)

 

COCOせせらぎに暮らして   2025.3.31

ふるさとの山林火災

2月26日に岩手県大船渡で発生した山林火災は一週間以上延焼を続け 市の9%に及ぶ2900ヘクタールを消失 住居も210棟が被害を受け  3月14日の時点で200名ほどの人々が避難生活をされているとテレビで放映された。20250303-OYT1I50119-1

私はふるさと岩手の山林火災を心配し どんな支援ができるか考えていたが テレビで東銀座のアンテナショップ銀河プラザで大船渡の名産品を 多くの人が購入して応援している様子が映った。

アッ これだ! 私も東銀座物産館でワカメ かもめの玉子 南部センベイ等を買おう! と思って さっそく友人と二人で銀座に出かけた。

ところが あいにくワカメは品切れ。やはり同じ考えの方が大勢いて その人たちの買い物カゴはワカメであふれていた。私はしかたなくお菓子類を買って そして心ばかりの募金をしてきました。

大船渡には高校の時の同級生が住んでいて 14年前の津波の時は高台だったので被害に遭わなかったそうだけど 今度の火災は大丈夫だったのかしらと心配しています。

津波の被害に遭い 家を新築しローンを払い終わったばかりで再度の被害を受けたという人もいるとのこと 本当に気の毒です。

やっと3月9日になって火災の発生から11日目に まとまった雨と雪が降り 火は鎮圧状態となった。今回の山火事の第一の原因は 降雨が例年の3%程度と極端な乾燥下にあった。そして地球温暖化も理由といえる。

つらい災害が私のふるさと大船渡に起きたが メジャーに移籍したドジャーズの佐々木朗希選手が活躍していることは 地元の人たちにとって嬉しいことと思う。

大船渡の皆さん 火災に負けず 漁業や農業に取り組んでください そして頑張ってください。                    (入居者:及)