2026・2・28
ベトナムといえばベトナム戦争とか枯葉剤散布とかのイメージが強くて、なかなか一歩を踏み出せませんでした
ベトナムには54の少数民族があるが 今回ベトナムの北部、手付かずの自然豊かな多くの少数民族の住む地域を巡る旅という文言に惹かれて 4泊6日の旅に参加しました
ベトナム独立80年 私も80歳、cocoせせらぎに住み着いて5年になり、傘寿を健康で迎えた自分へのご褒美の旅でした
10人程の小さなツアー、戦争当時ハノイの駐在新聞記者だったKさんが同行され、当時のベトナムの様子や戦争体験や一緒に取材していた同僚が殉職された事などをお聞きし 旅の印象がより強くなりました
初日は移動日でした。成田から5時間半の飛行でハノイのノイバイ空港に到着後、マイクロバスで北を目指す旅が始まりました
最初の宿泊地バッカンまで3時間半舗装が切れて山道をゆっくり登って行きました
都会から田園地帯・山岳地帯と周りの風景が変わり、何より驚いたのはまるで山水画をみているようでした。
カルスト地帯という事で柔らかな土地が削られて今の地形になり、また至る所に鍾乳洞や洞窟があるとのことでした 生まれて初めて見る景色は見飽きません
翌日はさらに北に向かいパーペー国立公園のナン川のボートクルーズでした。民族衣装と民族楽器ダンティンを手にしたタイー族の娘さんが乗り込んで民謡を聴かせてくれましたし、周りの景色をゆったり眺めました
漁業も盛んなようで網に結びつけたウキがうかんでいましたし、ホテルの食事にもナマズ、雷魚、小魚、エビなどが出てきて美味しくいただく事ができました
道路事情は幹線道路は最近舗装されたようで 工事のダンプトラックが砂煙を上げて行き交い、至る所で高速道路の工事中
最近大風と大雨で崩れた所も修理中、私達の通路も崩れた所をパワーショベルが石を片付けながら先導してくれたりでした
3日目は日曜日、賑わうカオバン地元の『市』にバスを止めてぶらつき、近郊の人々の生活を垣間見ました
地面にビニールを広げて野菜・果物・生きた魚・ぶつ切りのかたまり肉を売っていたり、衣類や雑貨など生活必 需品がところ狭しと並べられ活気がありました。早速、両替した通貨のドンを持って珍しい果物 ドリアンやマン ゴステンなどを買い、みんなで分けて食べました
ふと見るとナマズや大きな鯉と雷魚がピクピク、網の中にはカエルがもぞもぞして買い手を待っていました
午後はホーチミンに関連するベトバック戦争遺跡を訪問しました
ホーチミンは今もベトナムの英雄でありホーおじさんと慕われて、紙幣のすべてに彼の肖像が使われています
フランスから戻ったホーチミンが潜伏しながらベトナム戦争を率いた聖地です 歴史が目の前にあり感無量でした
4日目はツアーのハイライト、世界で4番目に大きい滝パンゾック滝に向かいました 高さは50m幅300mで轟々と流れて 川の対岸は中国という国境の滝でした。
竹を組んだ筏に乗って滝の近くまで行き迫力満点でしたが、対岸にも多くの中国人観光客がいて筏で滝見物していて顔が見える距離でしたが、夜は中国側からサーチライトが何本も照らされ不気味な雰囲気になります
5日目はハノイに戻り戦争中に殉職されたT記者の記念碑に参拝したり、買い物をしたりで過ごしました
夜中発の飛行機で翌朝帰国しました
食事も美味しく楽しい旅でしたが、私が一番困ったのはトイレの事、長時間バスに乗るのですがトイレ休憩に適当なところがありません
ガソリンスタンドや小さなお店に頼んで使わせてもらうのですが、洋式でもなく手すりもありません。電灯 もないようなところで大きなバケツに溜まった水を流すのです。そんな有様でしたから足腰の弱った私にはとても苦痛で、膝を痛めて最後の方では歩くのも辛くなりました 若い時はなんでもなかった事ができなくなっていてショックでした
ベトナムは発展途上国で急速にこれからも変わっていくでしょう
こんな苦労も何年か先には無くなるでしょうが、残して欲しいものもあるし、難しい事です (入居者・石)

